17回東京地区ホームスクール祈祷会 メッセージ
「いのちの回復」
下諏訪キリスト教会牧師 清野隆二
ルツ記 1章1:6節
「士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。その人は名をエリメレク、妻はナオミ、二人の息子はマフロンとキルヨンといい、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者であった。彼らはモアブの野に着き、そこに住んだ。夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ。息子たちはその後、モアブの女を妻とした。一人はオルパ、もう一人はルツといった。十年ほどそこに暮らしたが、マフロンとキルヨンの二人も死に、ナオミは夫と二人の息子に先立たれ、一人残された。
ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである。
ナオミは住み慣れた場所を後にし、二人の嫁もついて行った。」
士師が世を治めていたころ、イスラエルは飢饉に見舞われました。エルサレムの近くのベツレヘムに住んでいた、エリメレク家もその災害に見舞われました。この家族の夫はエリメレク、妻はナオミ、二人の息子、マフロンとキルヨンの四人家族でした。彼らは食糧を求めて、ベツレヘムを離れ、モアブの地に移住しました。地図では、死海の右下(南東)になります。
この物語は、うるわしい嫁と姑の関係を表していることから、日本人には親しみやすい物語です。また、ナオミという名前も、日本人には普通にある名前ですから、これも親しみを増します。しかし、この物語は嫁と姑の物語を超えて、「命の回復」というメッセージを持っています。
この物語の二人の主人公となるナオミとルツは、それぞれ違った命の回復を教えています。
ナオミ……彼女は真の神を信じるユダヤ人です。今日的に言えば、彼らはエルサレムの近くに住んでいましたから、教会に出入りしていたクリスチャンと言えます。しかし、彼らが飢饉に出会い、モアブの平野に出て行きました。それは、教会よりは離れてこの世に出て行った人、とも言うことができます。
モアブの野に出て行ったこの家族は、幸福にはなれず、むしろ災いが次々と襲ってきました。最初は、一家の柱、夫エリメレクの死でした。さらに、子供たちが成人して土地の嫁をもらいました。しかし、その二人の子供も死んで行きます。故郷のイスラエルでも、次に移り住んだモアブでも、この家族を不幸が襲いました。やがてナオミは、自分をナオミ(楽しみ)と呼ばずに、マラ(苦味)と呼んでくれ、と言ったほどでした。
しかし、ナオミはやがて嫁の一人ルツと共にイスラエルに帰り、そこで幸福(いのち)を回復することになります。ですから、ナオミは、教会より離れてこの世に出て行ったクリスチャンが、再び主イエス・キリストの元に帰る姿を表します。いうなれば、クリスチャンの命の回復のメッセージです。
ルツ……彼女はモアブの女で、もともとイスラエルのまことの神を知りません。ですから、彼女は、神を知らない所に生まれたノンクリスチャンと言えます。彼女はまことの神を知りませんでしたが、イスラエルから移住してきたエリメレク家の者と結婚したことから、イスラエルの神に興味を覚え、姑ナオミと共に、イスラエルに帰り、そこで神の導きによってボアズという人と結婚します。
ルツの姿は、神を知らない異邦人がまことの神を信じてゆく物語となります。そして、この両者は互いが互いを必要とし、良い影響を与えながら信仰から信仰へと導かれて行きます。
飢饉
飢饉には三種類の飢饉があるといえます。
第一は、物質的な飢饉です。とくに食糧不足です。この飢饉に出会うと、海外移住や土地を離れて食糧のある所に移らねばなりません。日本が大正から第二次世界大戦まで進んだ理由の一つは食糧不足への危惧でした。日本からブラジルに移民したのもそのためであり、現在はブラジルから日本へ人々が移って来ています。それもより豊かな生活を求めての移動です。
第二は、心の飢饉です。これは、愛の不足、と言うことができます。この飢饉の表れは、親への反抗という形を最初にとります。反抗は、私をもっと愛して欲しい、との表示です。もちろん、人間の生まれ持った罪の性質がさらに根本にありますが。反抗から始まり、それが高じて家出なども愛の飢饉からです。この家にいたら、自分は死んでしまう、と思うからこそ家を出て行きます。それが進むと、薬物依存、アルコール中毒などになることもあります。
第三は、霊的飢饉です。人間にはさらに本質的な命の満たしが必要です。第一番目の食糧も、第二番目の心を満たす愛も必要ですが、さらに必要なのは「神のいのち」の満たしです。人は神のいのちの息を吹き入れられて生きるものとなりました。神のいのちがなければ、生きてはいけないからです。
霊的飢饉になると、人はモアブに出て行きます。モアブとは、イサクの双子の長兄、エサウの子孫です。エサウと言う人は、神の祝福以上に、この世のもので満たそうとした、いうならば現世主義の人でした。ですから彼は「この世」の代名詞となっています。 神の国である教会で、いのちが満たされない時は、この世(モアブ)に出て行かねばなりません。
物理的飢饉、心の飢饉、霊的飢饉の三者には明らかな関係があります。それは、霊的飢饉が心の飢饉を生み出し、心の飢饉が物質的飢饉を生み出すということです。神さまから命をいただかなければ、人は自己中心となり、家族や隣人を愛せません。むしろいつも相手から愛を奪おうとします。心が満たされないので、物で満たそうとします。それが必要以上に蓄え、独占します。また、心が満たされないので破壊的な行動を起こします。略奪戦争などはその典型です。神のいのちで心が満たされると、少しの物でも分け合うことができ、互いに満たされ喜ぶことができます。世界に食糧が不足しているのではありません。自己中心の心が蔓延しているのです。それは、神の愛を受け取らずに、自分の力で生きているからです。
霊的飢饉はなぜ起こったのか
まずなによりも飢饉は、全ての人が、「霊的飢饉の中に生まれてきた」ことです。「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています」(ローマ3章23節)という罪は、アダムの時以来神から離れている人間の状態です。それは、全世界の全ての人がルツと同じ所に生まれています。
次には、「本人が霊的飢饉を招いた」と言えます。神の恵みで神を知りました。しかし、それにもかかわらず、神を求めることを途中で止めることです。聖書を読まず、教会の礼拝や集会から遠ざかり、祈ることもなくなってしまう。自ら飢饉を招いているクリスチャンはとても多くいます。
さらに次の理由は、「教会が霊的飢饉になっている」ことです。それは、「パンに飢えることでもなく、水に渇くことでもなく、主の御言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ」(アモス8章11節)。と預言者アモスが語った預言です。この御言葉の飢饉が、今日のキリスト教会を覆っていないでしょうか。教会は本当に御言葉を御言葉として語っているでしょうか。ある人が言いました。「私の家はクリスチャンホームでしたが、建前がいつの間にか本音になっていた」と。もちろん、そこに生き生きとした御霊のいのちは宿りませんから、苦悩は大きくなります。人は建前では生きられません。本物のいのちが必用です。
エリメレク家が神の国(教会)から、モアブ(この世)に出て行った理由は、個人と教会の二つの理由が重なったと思います。聖書は、「士師がイスラエルを治めていたころ、飢饉が国を襲った」という、「国」こそ、神の共同体、「教会」を指していると言えるからです。
霊的飢饉は、個人の責任と教会の責任が重なり合って作られる場合が一番多いと思います。その一つの例を知らせたいと思います。それは、ジャン・ジャック・ルソー(1712年〜1778年)の場合です。
彼は、「社会契約論」というものを打ち立てました。それがフランス革命(1789年〜1799年)に大きな影響を与えたといわれます。社会契約論とは(注…私自身それを読んではいません。一般的に言われている評価による)、人民主権論で、人が主役の論理です。それは、神主体の、それまでの社会通念を根本から変える考え方でした。なぜルソーがそのような考えを打ち出したかと言うと、彼の子供のころの生育環境が大きな影響を与えたといわれます。
彼は小さいときに孤児になり、フランスの田舎の牧師館に預けられて育てられました。しかし、その牧師家庭は神の愛に満ちていたとは言い難いものでした。彼は、その家で妹の櫛を盗んだとか、壊したとかで、様々のワナにかけられたと後で告白しています。彼はそこにいる限り、日曜日には教会の礼拝に出なければなかったでしょうし、しかし家に帰れば全く反対の現実に生きなければなりませんでした。やがてその家を出て行きますが、青年時代には迫害妄想に陥るほど精神的にダメージを受けていました。
その生い立ちが、徹底的に神を否定し、人間を中心とする考えを生み出しました。彼の思想を称して、「自然に帰れ」とも言います。それは、森林浴をしなさいという意味ではなく、「生まれたままの人間でよい」と言うものです。すなわち、「性善説」です。だから、人はもともと良いものだが、社会の間違った考え(それが宗教的なものも含めて)を正す教育が必要である、となり、「啓蒙思想」が出てきました。
聖書は全く反対です。聖書は、人間はアダム以来罪の中におり、その罪のいのちに死んで新しく生まれて神の子として生きる、と言うものです。そのためには、主の十字架と復活によって可能であると告げます。「自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」(マタイ10章37節)。
ルソーは牧師家庭(クリスチャン家庭)で飢饉に出会いました。そこにいることができなくなりました。彼はモアブに逃げて、そこで自分を見出そうとしました。そのためには神を否定することから始めねばなりませんでした。その時代を境にして、神中心から、人中心へと社会を加速させました。フランス革命こそ、「人間主体」の革命だったのです。
彼の経験は、今日のクリスチャン家庭と教会に起こっています。クリスチャン家庭の子供たちは、小さい時から神に触れる大きな恵みの中で生きてきますが、青年期に入るころから、神の恵みから離れて行きます。そしてどこへ行くのか、それは明確です。モアブへ行くのです。モアブへ行く理由は、教会と家庭が飢饉になっているので、そこでは生きてゆけないと判断したからです。もちろん、教会と家庭だけではありません。本人が最初から、自分の罪という飢饉の中に生まれているからでもあります。神はその人間が罪に打ち勝って生きる場所として、家庭と教会を造りましたが、それが十分に機能していないので飢饉になってしまうのです。
モアブへ行った結果
この家族がモアブに移ってから、「夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ」(3節)。一家の主人を失ったのです。「夫・主人」とは、「自分を守る権威」を指します。するとこの家族が失ったのは、「主」すなわち、神を失ったのです。
人はこう考えます。「私はたとえ教会に来なくても、それなりに信仰を持って一人で生きることができる」と。しかし、実際には多くのクリスチャンだった人々が、今は全く信仰の影も見えない生活をしているのを見ます。なぜなら、信仰とは、自分の力で持てるものではなく、神に与えられる賜物です。神は信仰という賜物を、受け取る気がない人に与えることはできないのです。
次に聖書は、「息子たちはその後、モアブの女を妻にした」(4節)と記しています。結婚はなによりも、「一体化」のことです。彼らの息子たちが、モアブの女性を妻としたことは、彼らがさらにモアブの中に溶け込んだこと、それは「この世との一体」化が進んだことを表します。
その結果は、「マフロンとキルヨンの二人も死に」(5節)ました。息子とは、跡継ぎですから、御国の跡継ぎ、すなわち「永遠の命を失った」と言えます。彼らは、完全に神の子としてのいのちを失ってしまいました。
この家族の過ち
エリメレク家はなぜ神の共同体を離れ、この世に移ったのでしょうか。今まで大きな理由として二つあげました。一つは個人の責任、もう一つは教会の責任です。しかし、聖書はもっと根本的な理由を記しています。それは、ルツ記の前の聖書、士師記の最後の節です。「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいことを行っていた」(士師記21章25節)の言葉です。イスラエルの王とは、「神」のことです。しかし、神がいないということはあり得ません。考えることができる理由は、「人間が神を神としない」で、「自分の考えに従って、自分の思い通りに生きている」だけです。
ルツ記を最後まで読むとわかりますが、イスラエルには王なる神がいつもいました。エリメレク家にとっては、ボアズこそ彼らの神であり救い主を意味しました。まず、ボアズという名は、「見よ、救い」と言う意味です。また彼の存在は、エリメレク家の親戚でした。親戚とは、「あがない」と言う意味です。たとえば、イスラム教の人々は、一人の裕福な親戚がいると、その周りに親族が集まって養ってもらえる制度が残っていると聞きます。裕福な親戚は、自分の親族を見過ごすことはできないのです。ボアズこそまさに、エリメレク家にとって神が備えた親戚であり、救い主でした。彼こそ、私たちの主イエス・キリストその方なのです。
彼らの国は確かに飢饉になりました。しかし、彼らはモアブに行く必要はなかったのです。ボアズの所に行って、「私たちを救ってください」と頼めばよかったのです。ボアズは裕福な親戚ですから、彼らを養う義務があったのです。まして彼は、「主イエス」なのですから、見殺しにすることは決してなかったはずです。彼らが頼めなかったのは、むしろ彼らのプライドであった可能性もあります。また、ベツレヘム(神の国なる教会)の地域が、彼に行けないような状態を作っていた可能性もあります。しかし事実は、彼・ボアズ(主イエス)は飢饉の時も、そこにいました。しかも彼には裕福なお方ですから飢饉などなく、全世界の人を養って余りある豊かさを持っているお方です。最大の問題は、ボアズのところに行かなかったことです。
主イエスは、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネ14章6節)と言いました。道とは、目的を表します。真理とは、日本語では正しい道を表します。いのちとは、目的に向かって歩むいのち・エネルギー・力のことです。この三つがバランスよくあるときに、人は飢饉にはなりません。
私たちは神の恵みでホームスクールに導かれています。その目的を明確にしていなければなりません。それは、「子供たちをキリストの弟子」とすることです。そのためには、親自身が弟子となっていなければなりません。
そこに向かって歩む正しい道は、「聖書そのもの」です。親自身が二つの標準(ダブルスタンダード)に立ってはなりません。聖書の本音を本音として生きる生活をもって、子供たちに教えることができます。
さらに、目的と道が正しくても、いのちがなければその道を歩いて目的に到達することはできません。いのちとは、「祈りと交わり」です。主イエスとの聖霊による交わりです。また、ホームスクーラーにとっては、親と子供の聖霊による正しい権威と秩序による生活(交わり)です。さらには、兄弟姉妹(教会の中における交わり・ホームスクーラー同士の交わり)が必要です。そのいのちが豊かでないと、途中で疲れてしまいます。
また、いのちが豊かであるためには、道(目的)と真理(正しい道・聖書)がしっかりしていないと持つことが難しくなります。一人で全てを充分に満たすことは難しいものです。だからこそ、このように互いに交わり、祈り合う場所が必要です。
最後に、ナオミが様々の苦難を通して、イスラエルに帰ろうとしたのは、「主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女がモアブの野で聞いた」(6節)からでした。
多くのクリスチャン家庭がモアブにいて苦悩しています。クリスチャンですが、モアブにいるのです。彼らが神の意図した生き方、家族に戻るには、神がイスラエルに食糧を豊かに与えている「証し」を見なければできません。できますならば、神がホームスクールを始めている家族を、神のいのちの糧が豊かに回復された「証しの家族」としてくださるように祈ります。それを見て、多くの家族が、神のいのちが豊かな家族になるきっかけになれたらと思います。私たちの今立っている所は、本当に大事な場所です。共に、主の前にへりくだって進んで生きましょう。
2005年3月21日
東京地区ホームスクール祈祷会にて
清野