関西ホームスクーリング祈祷会・バイブルメッセージ
(2005年6月28日 伊丹聖書教会)
福井自由キリスト教会牧師 松岡淳裕
おはようございます。私は松岡淳裕(まつおかきよひろ)といいます。小さい頃は、きよひろちゃんとかキーボーとかね、きよちゃんとかいろいろ呼ばれていました。キーボー先生でもいいですし、キーボーでもいいですし、キーボーさんでもいいですから、親しく呼んでください。キーボーは、希望にもかけてあるんですね。私の顔を見て、神様の希望をいただいてください。福井の教会では、メビックをしていますね。毎朝私は、メビックでもメッセージをしています。こんなことならメビック用に用意をしてくれば良かったなと思っておるんですけれど、もしかしたら、途中でメビックバージョンになるかもしれません。いろんな導きがあると思いますけれども、すべて、神様の導きであると思ってですね、聞いていただければと思います。
まず、み言葉を開きます。ヘブル人への手紙の10章39節「私たちは、恐れ退いて、滅びる者ではなく、信じて、命を保つものです。」アーメン
一つ、ある人のお話を今から少ししたいと思います。聞いていてください。カルバーという名の黒人の少年がいました。人生の初期に自分のビジョン(幻)をもちました。そしてそのビジョンが他の人がどう考えようとカルバー少年の目標設定を支配することとなったのです。わかりますか、このビジョンがどんなことがあってもこのビジョンを達成する、この夢をこの幻を、神からいただいた幻を達成するという思いがいつもカルバー少年の心を支配していました。彼は、名字がわかりませんでした。名字はわかりますか。私は松岡淳裕です。松岡が名字、淳裕が名前です。カルバー少年は、カルバーという名前は知っていたのですけれど、自分の名字がわからなかったのです。あれ、と思ったんですけれど、彼は、好きな人にジョージワシントンという人がいました。その人の名前をつけて、ジョージ・ワシントン・カルバーという名前をつけたんですね。そして、少年時代にアメリカ合衆国の南のほうを放浪して(さまよって)いたときに、多くの人たちが広場で一人の黒人の頭をガガンと打ちたたいて、その黒人の体を焼くのを目撃しました。彼はぞっとしたんですね。そして、小さなジョージには住処(すみか)がありませんでした。ある日洗濯屋の女の人に、手伝うように頼まれるまでは、納屋ってわかりますか。(倉庫みたいなところですね。)そこで眠っていました。彼は、学校の授業の間にも自分で一生懸命に勉強しました。そして、ついに、ハイランド大学という大学があるんですけれど、ハイランド大学がジョージ君の成績を見て、受け入れてくれました。ところが、この学長は彼に会うと、「我々は黒人は受け入れない」と心なく怒鳴ってしまってですね。ジョージワシントンカルバーは、シンプソンカレッジというところに行きました。そして、そこで授業を受けながら、学者のようにして過ごしたということであります。
カルバーが書いた花の絵は、世界コロンビア博覧会で賞を獲得しました。彼は天才的な音楽の才能によって、ボストン・コンサーバトリー・ミュージック学校に入る奨学金を獲得しました。お金がない人でも、政府がお金を貸してださったりして、学校に行けるようにしてくださるんですね。それを奨学金といいます。しかし、彼は大学院で農科学(農業の科学)を専攻することを選びました。そして、私は農業において私の民族のために、より良い働きをすることができます。私はどのように自らを助けることができるかを最下層にいる人々であった黒人に教えたいのですと言ったんです。それこそが彼の生涯のミッション(使命)だったんですね。彼がなしとげた他のすべてのことは、ミッションの達成にむけての目標をただ、実現させただけだったというのですね。どんなことがあっても、この目標を達成させるために彼は進み続けたのであります。アイオア大学での有名な教職を辞退して、彼はみすぼらしいスーツケースに荷物をまとめて、タスケジ・インスチチュートに向かったのです。そこで成功の可能性を示すことによって、彼の仲間たちに、新しい目標を与えたのです。ほったて小屋のような実験室で、信じられないほど働き、彼は、ダイズからプラスチックをピーナッツからゴムをさつまいもから小麦粉のようなものをつくる方法を発見しました。トーマスエジソンという人を知っていますよね。発明家エジソンです。トーマスエジソンは、彼に10万ドルを越える給料を申し出ました。10万ドルってわかりますか。10万ドルに100を掛けてください。1000万円を越える給料を申し出ました。ある、ゴム会社と科学工場は、彼に依頼料として、金額の記入されていない小切手を用意しました。わかりますか。好きなだけお金を書いてください。好きなだけお金をあげますから、私の会社に来てくださいといわれたのです。しかし、彼は彼のミッションすなわち、使命に留まりました。彼は自分の目標を追求しました。彼は年間1500ドル。いくらかわかりますか。15万円ですね。一月一万円ほど。その給料でタスケジーに残りました。ジョージワシントンカルバーは、大富豪になることができましたが、自分の目標からそれることは決してありませんでした。彼は、農業科学の魔術師と呼ばれてきました。そして、芸術・産業・商業振興を目的とする「ロンドン王立職業技能検定協会」の特別会員として選ばれた数少ないアメリカ人の一人なのです。
目標としたところを、どんなことがあっても達成するという強い意志のものとに進んでいって、彼はこのようなすばらしいいわゆる栄誉を得るためにそのことをしたのではないですけれど、自分がこれをすると、どんなことがあってもその目標に進んでいってすばらしい業績をあげることができました。
4月25日月曜日。何があったかを覚えていますか。
きーぼーは、この近くのグッドサマリタンチャーチというところに行きました。後ろにいる岩野さんと一緒に行きました。その日尼崎で脱線事故があったでしょう。びっくりしましたね。その時に、グッドサマリタンチャーチの光の子インターナショナルスクールの理事長である青木先生と少しお話をしました。青木先生はこんなことを言っておられました。「ホームスクーリングというのは、壮大な神のご計画が成し遂げられるための、働きの一端を委ねられれています。」すごーい神様のスゴーイお働きのために、用いられるためにあなたがたはホームスクーリングをしているんですということを言われました。すごいなと思いました。(話し方がメビックバージョンになっていますけれどご容赦ください。)(笑)
これは大きな働きに繋がっていくんだ。でもね、毎日やっていることといえばね。子どもとおいかけっこしたりとかね。算数の勉強とか、地道なことを毎日毎日やっているわけですね。これが大きな働きに繋がっていくんだというビジョンが与えられました。
昨年、チアのサマーキャンプに私は息子といっしょに出席しました。トーマスさんが花火をプロディユースして、花火を見せてくれました。花火があがっているのをみて、私は涙が出てきたんですね。その時に、神様からビジョンが与えられました。幻が与えられました。それは、福井の地でも、こんな明泉幼稚園のような学校をつくりたいという思いが与えられたんです。とてつもない大きな事なんですけれど、私は神様からその幻を見せられました。そのために、コツコツと子どもと一緒に算数の勉強をしております。
これから具体的に目標設定していかなればならないんですけれど、神様がお与えになっている幻は、神様が必ず実現させてくださると、私は信じて祈っていきたいと思います。
みなさん、目標をもっていますか。目標は高いほうがいいですよ。高いほうがいい。しかし、達成できなようなものは、しないほうがいいと思います。ボクは明日億万長者になるといっても、それはちょっと無理かなと思うんですね。でも、20年後にはもしかしたらそれが達成できるかもしれません。目標を設定すると、神様の霊が知恵を与えてくださるのです。そして、自分自身の力では決して到達できないようなものであっても、聖霊様によって到達できるように、そのたてた目標に私たちは身を捧げていく。ほんとに何でもさせていただく。というふうに神様は導いてくださいます。
だからといって、すぐに神様はその目標を達成できるようにはしてくださらないんですね。これはクリスチャンにとって、私たち信じるものにとっても難しいことなんですけれど、でも、どんな時でも私たちは神を信じるべきであります。
神の力によって、すべてのことが可能であると私たちはいつも教えられています。聖書もそのことを約束しています。でも、クリスチャンたちは、何をするにしても、神がすyべての事をやってくださるものと決め込んでしまって、自分たちがしなければいけないことまでも、神様にしてくださいと言ってしまうことがあるんです。私たちのしなければならないことがたくさんあります。神様は不可能だと思っていることを、可能にしてくださいます。神様を信じていきましょう。
モーセという指導者がいました。
モーセは、カデシュバルネアというところから、12人の斥候(スパイ)をつかわしました。カナンの地に12人のスパイたちは言ったのです。その地が乳と蜜が流れるすばらしい地であること、ほかのどこにも比べることができないほど、果物であふれていると報告しました。その地が望ましいところであることをみんなは同意したんです。すばらしいいところですよ。カナンの地はすばらしいところですよ。でも12人のうちの10人は、いけません。あそこに住んでいる人は、本当に背が高くて、力強そうな人たちばかりですから、私たちが行ってもその地に入ってもやっつけられますから行かないでおきましょうと言ったのです。でも、2人の人、カレブさんとヨシュアさんは、確かに巨人がいるのを見たのですけれど、恐れなかった。「巨人よりも阪神が強い!」(こけてましたけどね)巨人がいても大丈夫だ。人間的な基準からみれば、ヨシュアとカレブの目標は不可能に思えたんですけれど、でも、神様は必ず勝利に導いてくださるという信仰に立って、彼らは神の知恵と力によって前進しましょうと申し出たのですね。そして、どうなりましたか。結局行かなかったのですね。それで、40年間荒れ野をさまよわなければなりませんでした。でも、ヨシュアさんとカレブさんだけは、そのカナンの地に入ることができたのです。
私たちのもっている目標がならず神様によって到達することができる、それを手に入れることができると信じていきましょう。そして、そのところを神様の霊が働いて助けて導いてくださると信じ確信し続けていきましょう。
どんな時にも、神様に聞き従いましょう、どんな時にも、神をみあげましょう。そして、どんな時にも、神に信頼しましょう。そして、どんな時にも神に従ってまいりましょう。私たちの意識を高くもとうではありませんか。僕たち私たちの人生の経験。また、他の人たちが多くのことをなした業績とかね。そういうものをみて、僕たちが与えられているビジョンをもうだめだとかできないとかやめてしまうとか、そんなことにならないように、そして、そんなことで神様の力を限りあるものとしてしまうようなことがないようにしましょう。神が僕たちの前に用意していらっしゃるすばらしい事柄を神様が必ず与えてくださることを、信じ続けて歩んでまいりましょう。伝道者に、DLムーディーという人がいました。ある時に、集会に行ったんです。そしたら、大きな会場だったんですけれど、少しの人しかいなかたんです。その人たちにこういうことを言いました。このホールの座席を神が人々でいっぱいにすることがおできになると信じる人は、どれほどいますかって言ったんですね。そうしたら、そこにいた人たちはハーイとみんな手を挙げたんです。そして、もい一度、質問しました。では、このホールの座席を神が人々で満たしてくださると信じる人たちがどれほどいますかっていったら、少しの人しかいなかったんです。どういうことがわかりますか。神にはそれがおできになると言うのは信仰がいらないいんです。でも、神はそうしてくださるというのには信仰がいるのです。わかりますか。みなさん。ですから、私たちの意識を高くもちましょう。私たちが与えられた目標が神のための最高の願いであり、私たちの最もりっぱな資質の表現であるように。私たちが与えられているものの最高の表現。与えられているものに対して、表現する最高のものであるということを、私たちはあらわしていきたいと思うんですね。
もう一カ所聖書をひらきましょう。これは出エジプト記14章。イスラエルの民がモーセに導かれて、エジプトから脱出したところですね。そして、あるところまできました。前には紅海という海が彼らの前に立ちはだかっていました。後ろからは、あのエジプトのパロとその軍勢が迫ってきました。前にも行けない。後ろにも行けない。でも聖書を良く読んでみると、この状況は神様がそのような状況を作り出されたんだということがわかります。神様はあえてそういう状況に導かれていったんですね。僕たち私たちも、神様に導かれていっているはずなのに、「あれ、こんなはずじゃなかった」ということがありませんか。小泉総理大臣はこういう時に「想定内です」って言うんですよね。神様のシステムはそのようになっているんです。神様に従っていますって言ったら、あれ、こんなはずじゃなかったという状況に導かれていきます。それは、神様がおまえをいじめてやろうとか、懲らしめてやろうとかそういうものではなくて、本当に私を信じているかどうか、本当に私の力が偉大なものであるかどうかを信じているかどうかということを、試されるんですね。それでも、私はあなたを信じますというふうに、そういう思いに神様は答えてくださるんです。
前には紅海、後ろにはパロの軍勢。もうどうすることもできない状態でした。民は、やぱりエジプトにいれば良かったなんてことを言い出したんです。そしたら、モーセはこう言いました。「恐れてはいけない。しっかり立って、今日あなたががたのためにおこなわれる主の救いを見なさい。あなたがたは今日見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」その後、神様はモーセにあなたがもっている杖を紅海にさしのべなさいと言ったんです。そしたら、海が分かれて、地面があらわれて、イスラエルの民はそこを渡って行ったんです。紅海があって、こんなことろに来なければ良かった。これを「後悔」と言うんですよね。(笑)どうすることもできなかった。神様に信頼して、杖を出したら、紅海が分かれたんです。そして、そこを渡って行って、イスラエルの民たちは、通り抜けることができたんですね。さあ、今度、エジプトの人たちもそこを入っていったの。イスラエルの民を捕まえてやろうと思って行ったんです。でもね。イスラエルの人がみんな渡りきった時に、神様は元の状態に戻されたんです。どうなりましたか。エジプトの人たちはみんなそこで死んじゃったんです。
私たちにとって、どうしょうもない状況になった時でも、神様に従って、神様の言われるように従っていけば、その状況を変えてくださって、脱出の道を備えてくださったでしょう。そればかりではなく、私たちの敵を飲み込んでくださったんです。
勝利を与えてくださるんですね。そして、その後何がおこったかというと、神様はどんな時でも私とともにいてくださる。そして、どんなに困った時でも神様は道を開いてくださって、助けてくださるというそういう確信が与えられるんです。だから、どんな時でも、神様を信頼しなければならないんですね。みなさんどうですか。どんな時でも神を見上げて歩んでいきますか。どんな時にも神の言葉にききしたがっていきますか。どんな時にも、神を信頼して歩んでいきますか。どんな時にも、神に従っていきますか。そうすれば、最初に聖書を開いたところにあるように、信じて歩んで行ったら本当にまことの命を得て、力を得て、そして神様といつもともに歩むことができるようになるんです。
紅海を分けることのできる神様でも、私のこの問題は解決することができないと思っているようなことがありませんか。それは愚かなことです。紅海を分けることのできる神様は、私のこの問題なんかすぐに解決することができる。解決することができると信じましょうね。「ああ、主よ、あなたは紅海を分けることのできる方です。でも、私のこの問題を解決することはできません。」そんな小さな信仰をもっていては、神様働くことはできません。あなたの前にある問題は、紅海より大きいですか。ちっぽけな問題じゃないですか。神に信頼いたしましょう。神様は必ず助けてくださいます。私たちの日毎の生活におけるいたって平凡な出来事を用いて、神様はご自身の意志を成し遂げられます。ですから、ホームスクーリングしてね。今日も算数の勉強と国語の勉強だけだったとか。今日も、公園に行ってキャッチボールをしただけだったとか、そんなことでも神様は必ずあなたたちを祝福してくださって、そのことの延長線上に、すばらしい神様のご計画が備えられているのだと信じて、神様に従って歩んでまいりましょう。
お祈りいたします。