Tokyo 2020年6月28日(日)
         
 私の祖父は、奈良県の十津川村から北海道樺戸(かばと)郡に入植した開 拓農民でした。北海道の新天新地をめざしたのは、大洪水により全村壊滅の危機に際して、明治政府が、救済策として北海道開拓の任を与 え、同時に、対ロシア政策にむけた「屯田兵」に召し上げたからでした。
 それは、歴代にわたり十津川村の農民たちは、朝廷への忠誠心が厚く、普段は農民として独立できていたと同時に、幼少の頃より山野を 利用した武術の鍛錬にもぬかりなく、我流で農業にも武術にも長けていたいわば安上がりの捨駒「いも侍」(十津川郷士らへの当時の異 名)だったからにほかなりません。しかし、新十津川村においても士族であることについてのプライドは強く、祖母が存命だったころ、こ の十文字と菱形の「家紋」について孫のひとりであったわたしにも語ってくれました。
 朝廷への忠誠心と浄土真宗、強いて言えば、どんな場所にほうりこまれても生きていける強靱な体と心をもっているという開拓魂。ゆえ にキリスト教とは全く無縁。そして、幼少の頃キリスト教徒とされたわたしは、家紋に記された十字と菱形の「意味」を、キリストへの忠 誠心と独立自治の精神に完全に入れ替えるようになりました。
 とはいえ親族の多くはいまも熱心な「モント」。父の親戚には大谷派東本願寺系の僧侶もいます。
 しかし、これからは「死に至るまで忠実でありなさい」と命じた主の召しに生涯従い、キリスト以外のなにものも誇りとしない「十字架 の戦士」であらせたまえ。