Tokyo 2020年6月10日(水)
         

 小池都知事の「学歴偽装」懸案について、週刊ゲンダイに掲載された慶応大学名誉教授の小林節氏の論説が優れて明快です。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/274268
 
 ここも原文のまま引用させていただきます。

********************************************
小池百合子都知事がエジプトのカイロ大学を(首席で?)卒業したか否か? が最近改めて話題になっている。実にバカバカしい話であ る。
 結論として、私は、彼女はカイロ大学を卒業してなどいないと、ここで断言しておく。理由は単純明快である。日本でアラビア語を修得 していなかった者がエジプトの最高学府に留学して4年間で卒業できるはずなどない。これが「合理的推論」というものである。
 にもかかわらず、小池知事が「卒業した」と言い張るなら、その立証責任は、異常な事実を主張する側、つまり彼女の側にある。過去に も有名人の学歴詐称が議論になったことがいくつかあった。その際に私が疑問に思ったことは、その人物が「卒業していない」と指摘する 側が不当に立証責任を負わされそうになることである。ここで原則を確認しておくが、「アラビア語のできない日本人がカイロ大学を最短 期間で卒業した」などという異常な事実を主張する側が立証責任を負うことが、知的生活のマナーである。
 だから、この騒ぎは、小池知事が「持っている」と主張する卒業証書と卒業証明書を公表すれば済んでしまう話である。それを拒み続け る以上、彼女は学歴詐称を自白したようなもので、それは、公選法違反の虚偽事実公表罪(235条)で当選無効(251条)に至る事実 である。
 なお、小池氏がカイロ大を「卒業」したと同大が公式に認めた場合は、同大が世界の常識とは違う「表彰」機関だということである。
 公人にとって学歴はないよりはある方がよい程度のことである。ただ、社会生活の出発点において学歴を詐称してジャーナリストとして の地位を得て、それを足場にして政界で階段を上ってきた人物を評価する際に重要な点は、その「学歴」の有無よりもその「詐称」を恥じ ない「人格」であろう。
 政治は、個人の力を超えた強大な権力をつかさどって主権者国民大衆の幸福を増進させる業である。だからこそ、私たちは選挙を通して その強大な権力を託す「人物」を選別しているのである。
********************************************
(引用ここまで)

学歴で人を評価するのが悪癖なのだと周知される社会が到来するように、願っています。