Tokyo 2020年6月1日(月)
         
 
東京オリンピックは、「中止する」と宣言せよ

 新型コロナウイルス渦のパンデミックは、主要国で感染拡大が鈍化しているものの、南米やアフリカでは増加傾向に歯止めがかかってい るとはみえないようです。
 かりに、世界保健機関(HWO)が「終息宣言」をした暁に、あらためて東京オリンピック開催にめどが立つのだとしたら、来年の開催 など、ほぼ実現不可能というのはいまや常識であると考えます。
 それゆえに、いまだに「東京オリンピックを中止にしていない」ことによるデメリットがどれくらいに及ぶのか、想像だにできません。
 東京オリンピックを開催するかもしれないという前提で、準備をすすめることによる経済的人的ダメージの大きさが計り知れないのだと したら、いまだに「中止」を宣言できないでいる政府や大会関係者たちが“狂っている”としかいいようがありません。
 以下、あえて、言葉を選びません。
 いま、オリンピック中止宣言をしないで放置しているのは大間抜けです。

 残っているのは、「どのタイミングで中止を言うか」だけです。 
 そうなら、中止の宣言は、早ければ早いほどいいのです。日本において、コロナウイルス禍の増大が鈍化しているとみえるのは、オリン ピック延期を公言したからであるに間違いないでしょう。中止の宣言が早ければ早いほど、被害者の数が少なくて済むでしょう。完全な克 服 までの道のりが、比較的短縮されるのではないでしょうか。
 それにしても、アベさんのやろうとしていることは、どんなことでも、いまや信用されていません。困ったことに、その事実を本人が知 らないか、もしかしたら、アドバイスをするような知恵者でさえ、周囲からいなくなったか消えている(消されている)のかもしれませ ん。
 コロナウイルス禍に乗って、緊急事態条項をごり押ししたいとか。その上で、一気に「憲法改正」を引き寄せたいとか。
 いったい誰がアベ政権の“手綱”を引いているのかわかりませんが、はやく止めないと、大げさな意味ではなく民族滅亡の道にまっしぐ らなんですよ。
 給付金の遅れが社会問題化していますが、それを、こともあろうに、もはや役にたたないとされる「マイナンバカード」の“義務化”を もちあげているようです。
 やらなければならないのは、コロナウイルス禍によって生まれた弱者の救済でしょう。
 10万円を受け取れないこともさることながら、仕事を失って、食べていけない人が巷にあふれているのですよ。
 マイナンバカードを手にできるまで、いったいどれだけの時間がかかるというのでしょう。
 アベノマスクが示しているのがアベ政権の失策の象徴です。ひとつは、マスクそのものが使用に耐えられないこと。マスクが届くタイミ ングが遅く、すでに市場に安価なマスクが出回りはじめている。そして、極めつけは、ある公立学校で、マスクの色を白に限定とやったば かりでなく、「アベノマスク着用の義務化」まで飛び出している始末。
 そんなの、もはや教育者のやることとはいえないでしょう。
 こんなバカが「教育」をやっているんだから、せっかく授かった子どもがバカに育つのは当然だといわれても反論などできないですよね。
 「子どもの人権に反することはするな」というのが国の役割なのではないでしょうか。
 やることなすことが、なにもかも国民のためになっていません。

 もっとも、学校制度そのものが、教育の原点から離反して、子どもの成育を阻害しているというのがわたしの立場ではあるのですが。
 あえて学校は百害あって一利なしなど野暮なことはいいません。
 けれども、ほんとうの教育を実現するためには学校などなくてもいいのです。
 それが最先端の教育理論です。

 アベさんがやめたあと、誰でもいいとはいいませんが、できるだけ早く辞めていただき、ご夫婦とも正当な法律の裁きのもとにおかれた ほうが国民のためになると思います。  

 
 「スピード感」という言い回し

 ただの言い方の違いについてのこだわりにきこえるかもしれないですが、なぜ、「スピード」ではなく、「スピード感」なのか よくわかりません。
 公明党党首の山口さんあたりが、何かのコンテキストで「スピード感を持って・・していただきたい」とおっしゃっていましたが、ス ピードをもっておこなって・・・ではなく、「スピード感」という言い回しによって、実際の迅速さではなく、実際に迅速さには遠くと も、やっている感を演出せよという意味に受け止められかねないと思いますよ。
 実際にやっているというのと、“やってる感”の違いは、全く、天地の違いがあると思います。
 如何!!