Tokyo 2月27日(木)
         
     
正しく恐れなければならない

   政府が、今の日本国内に流している情報 は、なによりも国民の命を尊んでいるのではなく、かつての「国家総動員」の戦時下における大本営発表と似て、オリンピック高揚の ためであれば、マイナスになるような情報を少しでも出さないようにするところにあるのでした。
 このままいくと、どのように報じられるか・・・ではなく、感染者や死者の数の増加が、医療機関の“認知”に追いつかず、いえ、 すでにそのようになっていて、コロナウイルスに起因した死亡さえ、別の原因に“書き換えられて”発表されないという事態となるの はあきらかであり、嘘とでっちあげの連続を見せつけられているのは、今にはじまったことではなく、アベ政権においては「慣性の法 則」のようなものです。
 このような情報提供の傾向を知らなければ、偽の安心が植え付けられるようになるわけで、放射能汚染の危険性を疑うことなく、汚 染度の高い地域に出入りする結果、数々の人がなくなり、そして病気にかかってきたのでした。
 アベ政権に備わっているのはまさに「ひとごろしの心」です。
 25日の専門家会議で「これからの1〜2週間が、急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」と確認されたとのこと ですが、政府がやるであろうことは、感染を広げないための方策を明確に打ち出すわけでなく、「どう工作したら感染者の数を少なく できるか」であったり「たいしたことがないと国民に思わせるためにどうしたらいいか」でしかないとしか予測できません。
 なんとも恐ろしい国であることか。

 パンデミック(PanDemic=ギリシャ語由来の英語、「パン=すべて」「デミック=民」)の災いを、おもしろがって眺めて いる人々がいる・・・それさえあながち誇張した言い方ではありません。対岸の火事を見ているようにおもしろがっている御仁。遅かれ早か れ、火が自分たちのいる場所を覆っていくるのをまるで知らないかのようです。

 「怖がり過ぎだから、ガセ情報に流されず、これまでのように生活していたらいい」
 「マスコミは煽り立てているようで、騒ぎ過ぎだ」
 「インフルエンザで毎年何千人が亡くなっているではないか。そんなに特別に騒ぐことじゃない」とかいう人々。結局、放射能汚染 のただなかに飛び込 んでいった人々から、被害が広がってきたのと似て、背中に火がついて、逃げ道や出口がどこにもなくなってはじめて騒ぎ出すので しょうね。

 北海道知事が、全小中学校児童の登校を期間停止したと報じられました。
 正確な情報が出されるシステムと、そして、市民の命を守るためのすばらしい決断ができる政治家が今も日本におられたことを喜ば しく思います。
 いまこそ、現行政府ではなく、すべての知事は、北海道知事の決断に倣うべきです。

 わたしは、すべての事象をとって“我田引水”しようとしているのではありません。
 これからすくなくとも北海道に住む子どもたちは、これから先数か月間は、子どもたちにとって「家庭を居場所」とせざるをえない ことになるでしょう。強いられたにせよ、時限的であるにせよ、形態はどうあれ、子どもたちが家庭を居場所とすることをホームス クーリングと呼びます。
 親御さんたちにとっては、理由が理由であるとしても、子どもたちが家庭を居場所しなければならないことを重荷と感じるようにな るかもしれません。
 けれども、学校に行かないということは、子どもたちにとって決して悪いことではありません。“学習指導要領”に従う教師にとっ ては、“授業の遅れ”こそもっとも頭の痛い問題でしょうけれども。
 命は、“学習行程の遅れをどう取り戻すか”より大切なのではないでしょうか。

Covid19についての情報
(1)ウイルスは、ドアノブや、紙幣の上でさえ、数日間活性化したまま留まり続けられる。
(2)どのように収束するのか、いまだに“予測不能”である。
(3)再感染したとき、重篤な病状に陥り、死に至る場合が多い。

 全能の神が、かつてない災いから、日本をはじめ、世界の人々を救ってくださるように祈ります。

私が祈っていたとき、与えられた詩篇23篇の御言葉です。

 たとい、死の陰を歩くときがあっても、私は災いを恐れません。
 あなたがわたしとともにおられますから。


 あなたがキリスト者であれば、このようなときにこそ、一層強く、主のご隣在と約束とを信じていただけるようにおすすめします。