Tokyo 1月28日(火)
         
     
Ich ruf zu Dir ,Herr BWV 639 (バッハ コラール 私はあなたを呼ぶ BWV639)
  
 池先生。
 友人や知己のなかではそのように呼ばれていました。
 ピョンヤンにキリスト者家族のなかで生まれ育ち、同市の大学で薬学を学びつつも、日本では薬剤師としての道が開かれなかったようで す。そのため、表向きには治療ではなく、「健康についてのアドバイス」というスタンスでたくさんの方に希望を与えておられました。
 わたしも、わたしの家族も、池先生のアドバイスを受けてきたのであり、日本の制度の枠に入らなかったため、アドバイスに留められて いたただけであり、日韓両国において、おそらく数千を超える人々が「アドバイス」によって病が完治し、もしくは症状が軽減されまし た。けれども、あくまでご自分の判断を通すということはされず、症状によっては医師に相談する道を明確に指示しておられました。
 ただ、医師の判断を絶対視したり、クスリに頼り切る生き方に警鐘を鳴らしておられたのです。

 わたしは、あるとき、仕事のストレスから「突発性難聴」に陥りました。
 ある朝、気が付くと右耳の聴力が“完全に”失われていたのです。そこで、すぐに、池先生に相談に伺ったのですが、伺ったアドバイス は「医師のおこなう対症療法では完治は難しい。ただ、血流を改善して、癒されるための糸口とするために、ストレスのある生活をみなお し、そして、肝臓と腎臓など内臓の機能を回復することをめざして副作用のすくない漢方を使用するのが良い」という内容でした。いわゆ る治療費をいっさいとらず(日本の法律を考慮していたこともあるのでしょう)、ただし、紹介した漢方薬の実費だけを求めておられまし た。
 そして、わたしの突発性難聴は池先生のアドバイスに従った結果、3日後には全快しました。
 かかりつけの耳鼻科専門医にみせたところ、これはほとんど「奇跡」のようなものだと。わたしは「突発性難聴がなおる可能性は良くて も3分の1程度、ほとんどは全快しないと伝えられていたものだからです。

 娘は生理痛がひどく、一時は入院までしたことがあるのですが、改善し、数年前に結婚、そして昨年男子を生みました。妻は重度の化学 物質過敏症(シックハウス症候群)で、今もある意味の闘病生活をしているのですが、池先生のアドバイスによって、電車に乗るとか、 マーケットで買い物できるようになり、最近は歯科治療を受けられるまでになりました。

 わたしは、池先生のことを思い出すたびに、使徒言行録9章36-42節にしるされているタビタを思い起こします。
 タビタは縫い物が得意であり、衣服に困っていたやもめたちのために、労を惜しまず働きましたが、池先生もまた、「自分ができる限り の最善をもって、多くの人の健康を支えたい」と願って、それを実行されていたのです。それはキリスト者に対してばかりでなく、異なる 思想や信条をもつ方にも示されたいた隣人愛の模範であったといえます。
 「今、与えられている時間と賜物を用いて、隣人のために自分ができる最善をおこなう」というところからすると、医師の中村哲氏と同 じベースに立っておられたのだと確信しています。
 いえ、その考え方は、生涯をキリストに捕えられ、キリストを信じるように召された自分にとっての模範であると考えます。
 
 池先生は、ごく最近天に召されました。
 冒頭に掲げた、バッハの コラール「私はあなたを呼ぶ BWV639」は、80歳で眠るように天に召された池先生の葬式の冒頭において、パイプオルガンで演奏された前奏曲です。
 どんな書物にその名が記録されなくても、そして、たとえ、誰の記憶にさえ残らなかったとしても、日々淡々と主にある最善を願い、無 償で分け与えるという喜びを知っておられた方であり、キリスト者として心から尊敬する姉妹でした。
 ただ、お題目だけではなく、文字通り実践する生き方を通された池先生。
 バッハのコラールはその生き方にふさわしい曲だったと思い返します。