Tokyo 1月2日(木)
         
     
法学について
 
 
わたしは神学校出であり、もともと法学とは別の畑。
 けれども、大会会議より、ヤスクニ問題を扱う委員長に任じられたため、憲法について基礎から学びなおす必要があり、見つけ出したの が団藤重光氏著「法学の基礎」(1996)でした。神学校には法学をおさめた同窓生が数名おられ、尋ねてみると、おしなべて団藤さん の名をご存じだったところからすると、おそらく法曹界におけるこの方の知名度や影響力は今もかなりのものだと推察されます。
 ホームスクーリングのことをめぐって小さな論文のようなものを書くための基礎としても再読することになるのですが、日本国憲法が、世界の 法の歴史のなかでも、群を抜いて「人権」や「自由」にフォーカスされ、そして優れた「平和憲法」であると述べておられたのが印象 的。死刑廃止について熱心な論陣をはっておられ、死刑を「見せしめ効果」として受け入れていたあの頃の未熟なわたしにとって、日本で は、冤罪による死刑囚がおられるとみられるところからみて、団藤さんの研ぎ澄まされた人権感覚から学ばなければならないと思わされま した。
 それだけに、アベ現首相による日本国憲法についての、「これはみっともない憲法だ」などという云いが、どれだけテロリストの本性を むき出しにしたものであるのか、たくさんの方々とともに、わたしも強い危機感を覚えたのは言うまでもありません。
 団藤さんが98歳で天に召される少しまえ、カトリックの洗礼を受けられたと知らされました。「洗礼名は、トマス・アクィナス」。博学 であり、生涯一貫して憲法を尊び、良心に基づいて生きた人が、洗礼を受けて子どものように喜んでおられる姿がリアルにイメージでき て、なんだかすごく愉快な気持ちにさせられたのを思い出します。
 それと、奥平康弘氏。大江健三郎さんや 加藤周一さんが呼びかけた「9条の会」の呼びかけ人のおひとり。加藤さんはカトリック信徒ですが、大江さんや奥平さんはキリスト 者ではありません。が・・。奥田氏の「表現の自由を求めて-アメリカにおける権利獲得の軌跡」(岩波書店 1999年)
を、 たしか図書館で借りて夢中になり、引き込まれてついに夕食を食べそこねました(笑)。
 アメリカがどのように「人権」をとらえ、それを現実化しようとしてきたか参考書として秀逸な本だと思われました。 
 熊本信夫氏「アメリカにおける政教分離の原則」(1972 北大図書刊行会)も、とくに政教分離原則のルーツや考え方に深い示唆を 与えてくれました。創価学会が「公明党」の名をかりて、政治権力に食い込んでいる昨今、特定宗教団体が政治力を自分たちの勢力を保持 するために政権と結びついていることにより、さまざまな場面で「目的のためには手段をえらばない」諸相が蔓延している昨今。読み直す 価値は十分にあると考えます。