Tokyo 1月1日(水)
         
     
読書再開
 
 
なかなか読書のために時間を取れない生活をしています。
 まともな時間をとれるのは、どうやら“正月休み”だけとなってしまいました。
 神学生の時代は、聖書以外に何度も読んだ本は、ベルコフの組織神学や、Fシェーファーの啓蒙書やドストエフスキーの小説以外は希 で、ほぼ「熟読」とはほど遠い読み方をしていました。必ず最後まで読むと決めていたのですが、全部一度最後のページまで読むだけ。
 読み返そうと思った本は希でした。
 もしわたしが、はじめからリフォームド教会の出身であったら、あの頃ようにガリガリ読書に打ち込むようなことはしなかったと思いま す。

  「そのうち時間ができたら、熟読する」と決めていた書物は、今も、何年も前から書架に手の届くところにおいてあります。
 学生たちは、いつか読むときがきたらみたいな、そんな読み方を“積んでおく”=積読(つんどく)と揶揄していたもので、けれども、 若いころに頃一度読んだ本を、年を経て、もういちど読み返すのには大きな意味があると考えました。
 そういえば聖書も、子どもの頃読んだときには意味がわからなくても、時がたつと、年齢とともに、少し理解できると思われる箇所があ り、経験や知識が積み重ねられてくと、「今はわからなくても、そのうちもっと理解できるようになるかもしれない」と思われました。

 蛇足ですが、あるとき「罪が人を地獄に追いやるのだとしたら、罪を重ねないうちに、つまり、若いころに死ぬのは悪いことではない」 と思い込んでいた頃がありました。それは自殺肯定という意味ではなく、若いころに死期を迎えるのは不幸だというご意見にたいして、罪 をおかさない幼いころに世を去るのは、天国に入れなくなるような「罪状」が増えないということなので、悪くはないと考えていた頃が あったのでした。もちろん、そんな考えは聖書からくるものではないとずっとあとから学んだのであり、人が救われるのはキリストにある 恵みだけであり、罪が大きいか小さいかではないというところに落ち着いたとき、人の生涯においてどれだけ罪のリストが増し加わったと しても、サタンから「罪状書きリスト」が提出されたとしても、キリストによる贖罪の業だけが、“人を地獄に行かせる罪リスト”から、 人を解放し、人のありように関係なく、ただ恵みによって救いの道が開かれているという信仰に導かれているのは幸いです。
 たとえ長寿が与えられたとしても、それによって、・・・つまり罪の数が増えているかいないかによって天国への道が広くなったり狭く なったりはしないと告白できる改革主義信仰を心から感謝しています。

 蛇足にしては、長くなりました。
 さて、今回、再読しているのは、倉塚平著「異端と殉教」(筑摩書房)1972年 
 わたしの卒論を担当していただいたのは、丸山忠孝先生であり、宗教改革史でも得にベザをご専門に研究されていた方なのですが、倉塚 さんの書物について、講義のなかで触れられてはおられませんでした。倉塚さんの書物に言及されなかったのは、ラディカル・リフォメーショ ンは講義の主題から周辺に属しているとみられたからかもしれません。このあたりは、いつかあらためて先生におききしたいと願っている ところです。
 学生時代、乱読にあけくれていた頃、本書は“息をつかせないくらい最後のページまで引き込まれてしまった”一書であったのは確かで す。
 ルターやカルビンなど、宗教改革正統主義にたいして、亜流とみなされ、さらに“急進的”な宗教改革とみなされる、再洗礼派。トーマス・ミニュ ンツアーとスイス兄弟団を「楕円の2中心」とみたて、相違点がどこにあったか、そして“ラジカルリフォメーション”が歴史的にどのよ うな諸相を示してきたのか、可能な限り第一資料にあたり、原典をふくめた多彩な研究書にあたっての記載。フットノートのような部分をほ ぼカットしているので本書から二次的な研究に発展させる糸口は限られるでしょうけれど、いたるところに学習のためのヒントはちりばめ られているため、宗教改革史を原典から学習したい者にとっても役に立つ道案内となされうるかもしれません。日本語としての文章の質も 優れたもので、著者は、優れた文才にも恵まれておられるとみられます。
 再洗礼派については、きわめて多数、個別の研究書がみられますが、ただし、倉塚さんほど、鳥瞰図的にまとめられた書物に出会ったこ とはありません。(宗教改革史ご専門の出村彰さんも、倉塚さんの本書をどこかで高く評価されていたのを見たことがあります。)アメリカ 史や、日本に宣教活動を展開するアメリカ由来のバプテスト派をふくめた再洗礼派諸派のルーツや、「信仰形態」のルーツを学ぶための指 標としても役にたつ書物であると考えます。
 歴史書としては、飯塚勝久著「フランス・ジャンセニスムの精神史的研究」(未来社)という優れた書物があり、パスカルやデカルトの 思想の背景について学んでいた頃でであった本でした。宗教改革史をふまえつつ、日本の歴史にも深くかかわることになったカトリック内 部に、どのような動向がみられたのか“ブラックボックス”にしておいてはならないと考えたからです。

再読は・・。嗚呼!さて何年後になることやら。
 武田清子著「正統と異端の“あいだ”」(東大出版会)とか、山中良知著「宗教と社会倫理」(創文社)いずれもいまや古典ですが、い つか再読したいと思います。