Tokyo 9月4日(水)
         
 
   コバンザメという生き方
  
  権力がどこにあるのかを見抜く力がある。それで、権力との利害関係がどこにあるのかを正確に悟り、権力側に有利になるような立ち 位置を得る。一応、権力の役に立つとわからせるのが先で、権力にぶら下がるのに成功したら、あとは、権力のちょうちん持ちとして動く のみ。このとき、権力の側に「弱者への配慮」がみえていたら、自分もその様式に従うし、もし、「弱者切り捨て」を示すなら、それに従 う。つまり、弱者へのいつくしみとか慈愛はかけらもないのであり、すべては「権力の言いなり」になるための手段にしか過ぎないとみま す。
 マスコミもまた、「第三の権力」であり、マスコミ受けするような話題であれば、糸目をつけず、賛同。
 もともと、権力の側に立つのが狙いであるため、反対に主義主張を曲げずに、首尾一貫しているような言論や、政治家をわからないとこ ろで心底軽蔑している。
 「コバンザメ」のように大きな権力の庇護のもとにあるのは、その状態に満足しているからではなく、何かのはずみに、“栄典”とか “褒美”とかが転がり込むのを待っているからにすぎません。
日本には、おそらく、このような人種が増殖してしまったのでしょう。このような 「コバンザメ的生き方」を礼賛し、憧れるような輩が増大してしまうことにより、日本民族全体が、取り返しのつかないところまで貶 められるのかもしれません。なんだかんだ言っても、権力の側につくのが得策と言って、憚ることをしません。
 
  政治家でいえば、橋下さん。タレントでいえば、
韓国コメンテーターにむかって「黙ってろ、お前は!」と恫喝し た東国原さん。「学者」でいえば、武田邦彦氏。(武田さんは、「イエ スキリストはキリスト教教祖ではない」とかの発言もしていて、これだけでも完全にアウトですよね。)