Tokyo 8月31日(土)
         
 
   埋もれた史実
  

 韓国報道をみると、常に憎しみとか敵意が浮かんでくるような人に「愛」があるのかと 疑わされます。 
 カルト政権に汚染され、理由のない反抗心だけで、「愛」が心の奥深く眠らされているだけならまだ救われるかもしれません。

 日韓関係史のなかで、忘れられない歴史の一コマを映し出すノンフィクション作品があります。
 上坂冬子著「慶州ナサレ園 忘れられた日本人妻たち」中高公論社 1982
 昨今のアベ政権のもとでとくにギクシャクしたなかであるからこそ、
日韓関係史のなかで、埋もれている事実に光があてられなければな りません。
 埋もれている史実に光をあてて、ノンフィクション作品にした上坂さんの作家としての質の高さは、上坂さんの(とくに晩年 の)かなり歴史修正主義に傾いた発言があったにもかかわらず、日本語でかかれた書物のなかでも秀逸なもののひとつだったと考えられま す。
 ちなみに、女性が書いた秀逸ノンフィクション史には、ほかにも、新井栄子著「ハンセン病とキリスト者」(岩波書店 1996)等が あります。

 戦前戦中と、日本は朝鮮半島を併合。日本は朝鮮総督府をおいて、朝鮮語の名を廃止 し、日本名にするなど、日本政府の「おもうまま」に支配し、神社を建設するなど日本式を推奨する一方で、反対するものたちの意見をことごとく闇に葬っていたのでした。日本政府は朝 鮮半島で、キリスト教の影響が強くなっているのをふまえて、日本側の支配を説得するための特使として、東京商科大学(現在の一橋大 学)の教授だった田上譲治氏を選任。キリスト者。
 しかし、田上は、総督府の「宣伝工作員」として、韓国民に日本の支配の正当性を触れ回たのでした。戦後、「キリスト者の戦争責任」 の史実を調べるとき、田上の「宣伝係」としての役割が浮上します。ウイキペディアには出てきませんが、“過去の痕跡はどんなに消そう としてもできない”のです。
 非戦論をとなえた内村鑑三に対して、ときの政府の意を戴してつまり完全なロボットとして行動していた“キリスト者”がいたというこ とが大切。わたしが日韓関係史を紐解きながら、常に韓国にたいして謝罪の意を焼き付けられてきたのは、キリスト者として田上氏の犯し た戦中の罪であり、その罪を恥じ、戦後に生きるキリスト者として、謝罪を継承しなければならないと考えるからです。

 いわゆる、日帝時代をどのように受け止めるかは、韓国内でさえ意見が分かれます。
 自分の言うことを聴く限りにおいて、植民地域にすむ朝鮮民族を手厚く扱い、慰安婦問題で“二流国民”という見方が温存されていたの が露呈したものの、インフラ整備などを含めて“日本グレード”を与えていたとされます。(つまり、戦後もそのインフラが残されたこと は結果として良かった)しかし、どれほど、結果として戦後に韓国に利益が残ったとしても、「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のも の」のようなやり方を通していたわけで、利益を受けた“支配層”とは裏腹に、「言いなりになる範囲なら、日本国民扱いする」という絶 対的な上から目線は、非植民地、とくに一般人のなかに、反日エネルギーをため込ませることになったといわなければなりません。

 一方で、日本の敗戦により、総督府が廃止されたあと、朝鮮半島に残ることになった多数の「日本人妻」が残されていました。
 「日韓併合」の時代に韓国人と結婚し、敗戦とともに、帰化しなければならなくなったとき、朝鮮半島では「日本出身」として毛嫌いさ れ、日本にかえったところで、“朝鮮人を夫にした”と白い眼でみられるという、彼女たちは、二つの国のあいだで、板挟みに苦しんでい ました。日本人出身であることを隠し、「小さな声」さえあげられずにいた「日本人妻」たちのために、自分とそこで生まれた子どもたち の将来を憂える「小さな声」に耳を傾け、慶州に「ナザレ園」という名で一時退避施設を創設したのが、キリスト者である金龍成。反日パ ルチザンたちの勢いがやがて朝鮮戦争を引き起こす火種にさえなっていた頃、“かつての敵”であった日本人女性たちの居場所をつくり、 生活できる場をつくるために挺身したのもキリスト者でした。
 もちろん、日本人のなかにも、おそらく「天に宝を積む」という教えを守り、世に知られないように、朝鮮人をはじめ、異国の民を助け たキリスト者がおられるでしょう。そして、かつて「総督府」の支援のもと、東大に留学、そこで、内村の影響でキリスト者となり、“無 教会主義”に感染した若人は、やがて唯物論と共産主義に支配され、当時ピョンヤンに建てられていた数多くのキリスト教会を破壊してい きました。
 北朝鮮という“無法者の国家”が生まれる種をつくったのは、もとをただせば内村鑑三の思想であるといえるでしょう。
 国内で「非戦論」をとなえていた内村でした。しかし、その核心部分の思想である無教会主義が国外で残した“実”は、キリスト排除で あり、教会の破壊だったということ。これも史実として記憶されなければなりません。
 国外と書きましたが、なんのことはない、内村思想の影響をうけついだ「反キリストの系譜」を、あの「聖書配布協力会」の
丸森グループがもっていることも見逃してはなりません。