Tokyo 8月20日(火)
         
 
   N兄伝道師就職式 ショートメッセージ 
 (2019年8月18日 グレースシティチャーチ)
 

  みなさんは、「受けるより与えるほうが幸いである」という言葉をきいたことがあり ますか。
 使徒の働き20章のに書かれていて、パウロがエペソ教会の長老たちを集めて説教をした、そのなかに主イエス様のことばとして「受け るより与えるほうが幸いである」という勧めがなされています。
 たくさん受けているから、たまには、“お返し”をしなさいという意味ではないのです。
 注意しなければならないのは、「受けることが幸いではない」のではなく、何事につけ受けることは「幸い」なことに属することであ り、しかし、同時に、受けることは幸いであるが、与えることができるなら“もっと幸い”という意味だと知らされます。
 パウロは主のことばとして語りましたが、福音書には、そのままの記載がありません。ただ、マタイの福音書に「自分にしてほしいと願 う、そのままを隣人にしなさい」という趣旨の言葉があり、関連づけることは可能でしょう。
 与えられることは幸い。しかし、与えることはもっと幸い。つまり、受けるばかりでなく、与えることは、恵みが幾倍にもされるという 意味なのです。
 寂しさをなんとかしたいと願っている姉妹がいました。誰かから手紙が来ないかと待っていたのですが、この御言葉をきっかけに、自分 から手紙を書きまくったそうです。当然返事が来たとき、そのおこないは、恵みと祝福を幾倍にも広げるものとされたのでした。

 伝道師に就職されたN兄弟にたいして、今日集ったみなさんは、きっといろいろな期待を持っておられるでしょう。
 彼はいったい私たちに・・・、私に何をしてくれるのだろうと。
 でも、考えてみてください、あなたは伝道師ではないでしょう。すべての人が伝道師にはなりませんが、けれども、伝道師を支えること なら、すべての信徒にできるのではないでしょうか。何をもって。お金もそうですが、お金ばかりではなく、最も大切なのは祈りで あな たは牧師ではないかもしれないが、牧師を祈りによって支えることはできる。
 わたしは若いころ、宣教師になる志をもって、実際に宣教師なるための訓練を受けたことがありますが、結局召されませんでした。
 けれども、その次に示されたのは、「宣教師にならなかったら、宣教師を支える側に立ちなさい」ということでした。
 教職者によって受けるのを期待すること。メッセージも、奉仕も、困ったときの助けになることもあるかもしれません。けれども、その 前に、あなたが「与えるほうが幸い」とされるみ言葉に従うなら、もっと積極的に伝道師のため、牧師のため、宣教師のために祈ってくだ さい。
 あなたもできる奉仕。それが今日伝道師に就任された・・・兄弟のために祈ることです。