Tokyo 8月11日(日)
         
 
  韓国と日本
 

 もともと、日本が朝鮮半島に侵略しなければ、「北朝鮮」という国家は生まれなかった のです。

 日本の暴力的侵攻に対して、抗日パルティザンたちは、ピョンヤンを拠点に集結し、国家建設の活動をはじめたとき、すでにおもてむき は共産主義思想に基づいた国家建設をうちたてたのですが、日本にたいする敵対もしくは対抗が眼目だったため、敵対している「日本」の やりかたを身に戴してしまったのだと思われます。
 北朝鮮にたいしても、そして大韓民国にたいしても、日本国民として負っている負の遺産がなんであるのか直視しなければなりません。  明確な謝罪と、互いの利益になることがなんであるのか見極めた冷静さと寛容さを基礎にした友好と対話こそが、日韓関係の基礎だと考 えます。わたしは、池田さんの俗的ともみえる名誉主義や王様であるかのようにふるまう功名心に拒否反応さえ覚えるのですが、ただし国 際関係で“対話”の重要性を強調しておられたところは、もっと積極的に 評価していいのではないかと考えます。
 創価だから「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とみるのは間違っていると思います。
 わたしはキリスト信徒であり、創価の信仰をもちません。ただし、もし、オリジナルの創価が憲法の示している平和主義の方向性を示し ているとしたら、 ただ敵対のスタンスに留まるのは幼稚な考え方とみなされるだろうと考えます。
 今の創価はカルト化しているとみて間違いないでしょう。しかし、どこから道を逸れたかを見出して、勇気をもって間違いを糺すことが できれば、この国に平和を実現するための勢力の一画を担えるかもしれないと考えます。野原さんの発言をきいて、そのように確信しまし た。
 いずれにせよ「政治権力と結びつくことを、勢力戦略の手段に組み入れてきたところから、いかに撤退できるかにかかっています。も し、完全撤退できなければ、のこる最善は、(野原さんによれば)“徹底的に潰す”しかありません。

 これまでの日本の対韓政策のなかに、(具体例はいちいちあげませんが)、韓国民からすると誠意がみられなかったとみられているので はありませんか。
 今も、根拠なく軽蔑的な態度を崩そうとしていない「日本の昭和世代」がおられ、正直、日本人として恥ずかしい。

 反アベデモがおこなわれた韓国のある街で、この行動を制する人々があり、結局「韓国が好きで、韓国に来ている日本人の感情を逆なで するな」というアピールが優勢となり、デモそのものが収束にむかったと伺っています。
 どっちが
大人の対応かという意味で、 韓国民や文在寅(ムン・ジェイン)大統領は(とても難しいかじ取りをされているとみえますが)、アベよりずっと大 人の対応を模索しておられます。そして、マスコミに踊らされず、政府の発表する偽の数字に踊らされない日本人の数は決して少なくない と考えます。
 
 まったく幼稚としかみえない安倍総理筋の、「結婚報告」顛末など、いったいいつまで、こんな恥ずかしい政府、このような国難が続く のっかと思うと気が重いのです。
 権力の座にいて、自分に不都合なことがあったら、力づくで押し通し、あるものもないものにし、嘘も正義となると真面目に考えている とみられます。アベさんのやりかたのどこに問題があるか、“子どもたちには、あのやりかたを絶対に真似をするな”と教えられなければ なりません。いいかえれば、アベのやりかたがいかに軌を逸しているかを丁寧に説明すること、それも今、日本に住む親の重大な責任だと 考えます。