Tokyo 7月30日(火)
         
 
  「環境問題」の周辺
 

 A・トフラーが、「将来、環境問題がビジネス化する」と語っていた頃から、すでにか なりの分野でビジネス化は実現しているとみられます。ビジネスが生まれることそれ自体は、悪いことだとは思いません。環境産業という のでしょう。
 全く別の切り口ですが、かつて不登校が問題にされていたころ、「引出産業」が生まれました。つまり、自宅でひきこもりをしている子 どもからでは なく、「親からのSOS」を引き受けて、子どもを力づくで家から引出し、学校に連れ戻すという“ビジネス”。産業構造とはいっても、 地域差があり、学歴信仰の強い関西圏で「ひともうけ」。つまりは、金になるなら手段を選ばない。なかには、専用のビルまで手に入れた 会社さえあります。不登校そのものの解決になっていないどころか、言い方は悪いですが、まるで火事場泥棒のような風情です。
 ビジネスチャンスとみることは、良い面ばかりではありません。ホームスクーリング運動についても似たことは多々ありました。
 環境問題が生み出すビジネスという意味では、たとえば原発。原発推進の大きなキャッチフレーズは、「地球温暖化に肩入れするCO2 を出さない」「環境に負荷が少ない発電」だったのです。フクシマの事故で、偽装が暴かれ、多くの人が「環境詐欺」にあっていたのが気 づかされたときは、事故によって取り返しのつかない環境汚染が広がった後でした。
 「地球温暖化」さえ、「温暖化詐欺」と呼ばれます。つまり、人の努力が全部無駄だとは言わるべきでないでしょう。環境に負荷のかか らない自動車の開発は、環境ビジネスの周辺にあるともいえるからであり、今後フリーエネルギーがどこまで浸透するかが鍵となるといえ ます。「詐欺」と呼ばれているのは、“空気”に値段をつけて、それによって国が負う借金をチャラにするための“架空請求書”がつくら れているというところです。
 詳細な議論は省略します。温暖化や、仮に温暖化にむかっているとしても、それと人の地球上でのいろいろな活動は無関係とされていま す。(広瀬隆さんの本、および、英国人がつくった「地球温暖化詐欺」という映画参考。)

 キリスト教のとりわけプロテスタント改革主義の立場が、「文化命令」と呼ばれる創世記の「生めよ、増やせよ、地を従えと」というと ころに動機づけをもっていて、神が地球の上に創造された“被造物”すべてについて支配するように命じられているとみるのでした。支配 という意味を取り違えて、生態系を無視した経済活動が推し進められてきたことによる“環境問題”が蔓延していることは周知のとおりで す。
 人に与える環境負荷を軽減するために闘う、人の命を脅かす病気と闘う。文盲をなくすために学校を整備して闘う。およそ、文明化され るとか近代化されるというフレームワークのほぼすべての分野には、“闘うキリスト教”の痕跡がみられます。
 フランスの社会学者のジャック・エリュールや、米国の社会学者イヴァン・イリイチなどが、近代おこなわれてきた“闘い”には人への 貢献ばかりか、生まれてきた弊害がまさにがん細胞のように増殖してしまっていると指摘をしています。
 とうぜん、キリスト者のなかに、「文化命令」の意味を再検討する議論がみられないわけではないのですが、保身をする事にしか関心が ないようにみられます。間違っているでしょうか?

 原発推進派の人たちが「環境問題」を盾にしてきたという問題のほかに、建造物につかわれてきた「薬剤」つまり、「化学物質過敏症」 は、わたしにとってはもっと直接的な環境問題でした。妻が罹患したシックハウス症候群とは、つまり、合板の接着剤としてつかわれてき たホルムアル デヒド(医療ではホルマリンと呼ばれる)が原因でした。
 問題は、これが人体におよぼす危険性は早期にわかっていたにもかかわらず、住宅産業のなかで、費用が安くなる合板をつくる技術に組 み込まれていたこと。健康被害がわかっていながら、あえて反対してこなかったとい「731部隊の生き残り」によって生み出されている 「薬害」とみなすことができます。
 エイズに感染した輸血による被害は社会問題となりました。
 それもまた医療がもたらす汚染ですが、汚染によって引き起こされるシックハウス症候群は、さらに広範囲に及び、発症した人々の多数 は当初、原因不明とされ、なぜそうなったかわけもわからないまま、適当に「精神病患者」にくくられて、実際に精神病院に入れられたと いう事象も数多くみられたのです。
 原因は、住まいにつかわれた合板のなかの接着剤であったホルマリン。
 そのような健康被害があるのがわかっていながら、「倉庫に大量の在庫が残っているうちは動けない」と、患者たちを見殺しにしたのは ほかでもない、薬事業界を取り仕切る東京大学医学部だったのでした。