Tokyo 7月28日(日)
         
「れいわ革命」が動き出す  
 

  「今の荒廃の始まりは、公明党と自民党との連立政権になってからだ」という野原さんの 言葉は とても重いのです。
 政教分離原則の考え方からいえば、特定宗教勢力と政治が結びついているのは、どんなに言い訳を探しても、否定できない事実なのでし た。国家神道というカルトと結びついて、かつて政府は暴走しました。そして、いまは、公明党と結びついた自民党による暴政が続いてい るのです。
 野原さんが公の場に出てこられたことで、創価学会員でありつつ、「良心のよりどころ」をもっておられる方が非常に多くおられ、そし て、内部改革をしたいと願っておられうると広く知られるようになりました。
 野原さんが言っておられた、もともと創価学会は「平和主義」だというのは、たぶん正しいのでしょう。
  「生めよ、増やせよ、地を従えよ」という文化命令を体して、自然支配と開発を推し進めてきたキリスト教に比べ、オリジナルの仏教 はむしろ自然主義。あるがままを受け入れるという意味の平和主義。自然崇拝に近く、自然との共生に近い考え方を生み出しました。創価 との違いがあるとはいえ、仏教徒であるマハトマ・ガンジーの思想と実践については、自分は全部わかっているわけではないにせよ、それ なりの敬意をもっています。
 わたしはカルビン主義キリスト者として、「文化命令」は古くて新しい課題であり、環境破壊の問題や、核の平和利用といわれてきた原 発の問題など(わたしは原発即時廃止論者であり、電気でなくプルトニウムの製造が主なる隠された目的だと確信していますが)、科学技 術のもつ生産性と破壊性という、キリスト教神学の課題として解決を迫られていると思われます、野原さんは、仏教信徒 の立場からは、「どのようにして、悪しき政治権力に抗(あ らが)うべきか」を模索しておられたのでしょう。
 自公民政権の盤石とみえた基盤に、不可逆的な亀裂を生じさせたという意味で、野原さんは、ものすごく大きな仕事、歴史的ともいえる 仕事をされたのだと考えます。

 山本さんがエリートや官僚に対抗しているとも忖度しているともみえません。
 ご自身学歴などないのですが、学歴のある人々の仕事をよくわかっておられ、「れいわ」で立候補した方もそれぞれ、特定分野から本や 論文を執筆し、世に(公論)にご自分の意見を問うておられます。それゆえに、理由などわからなくてもただ反抗している感じがでていれ ば“かっこいい”などという軽挙妄動の
徒の仲間ではないと考えます。
 学歴で人を推し量るのは全く愚かな基準です。
 学歴のある人たちには、敬意を示したいのです。そして学歴のない人たちにたいしても、学歴がないからという理由で軽蔑するのをやめ たいのです。
 パスカル(科学者)、ワシントン(政治家)、エジソン(発明家)、ライト兄弟(発明家)、ナイチンゲール(看護学の祖)、アガサ・ クリスティー(小説家)。歴史のなかにはたくさん高学歴とは無縁の人たちが活躍されていました。かなり前から見られたのですが、これ からもっと顕著に見えるようになるに違いありません。

 女性の労働についても、たとえば保育士を公務員化して、待遇を改善したいと述べておられました。
 反エリートでも反官僚でもなく、主権者である国民の利益と幸福のために働けるのだとしたら、「エリート意識」や「特権階級」みたい なのは邪魔ですが、役人として追いとめておられる“働き甲斐”にもつながるのではないかと思います。
 最近はあまり使われなくなった「ヤンキー気質」。
 ヤンキーとは、学校文化が生み出した造語であり、体制からのはみ出し者とか反抗的だとかいう意味あいを持つ言葉。山本さんはヤン キー気質というのも的外れだと思います。
 現行の腐敗政権への厳しい批判はみえたとしても、なにかというと「学歴」とか「職歴」を鼻にかけたい集団のなかで、劣等感のような 卑屈な態度も見せず、かといって、“高学歴者に〜してやったり”みたいな、見た目だけの成果などに心を奪われていないあたり、いやは や、山本さ んは総理大臣としてのあるべき気質をすでに得ておられるようですね。
 車いすの議員が2名誕生したことで、その社会にもたらす効果は計り知れません。
 日本民族は、これで、日本社会が劇的に改善していくための、非常に優れた「プロトタイプ」を手に入れたことになります。
 国会のインフラ整備についてはもちろんですが、最も肝心なのは、「徹底的に考え方の変革を要求される」ということ。
 ノーマライゼーションの考え方をもたない議員は、すぐに世論の批判にさらされ、お二人の登場は、いまや、国際社会からも注目されて いる“快挙”なのであり、いいかえれば、たとえば彼らにたいして、少しでも、差別意識の言動がみられるだけで、ニュースとなるに違い ありません。
 野党3党が、「れいわ」との共闘に意欲を示しておられるというのは朗報です。とくに、共産党が「できることはなんでも」と言ってお られるのがものすごく大きく、これで、山本さんが総理大臣とになるための、大切な一里塚がクリアできそうです。

 キリスト教界が「れいわ」にたいしてどう動くのか未知数です。
 政治勢力として、キリスト者の数はおはなしにならない少数ですが、「れいわ」の動きというより、現政権のあり方に忖度している状態 で、ほぼ大手マスコミと同列の扱いです。テレビで取り上げられたら、話題にする程度。残念ながら、わがキリスト者群は、「ノンポリ」 主体であり、健全な聖書観から逸脱してしまい、魂を支える肝心の“霊性”さえ維持できていないと考えます。
 自分の生活の安定や、ひたすら安心立命だけを目指しているようで、そんなグループに「創価学会員の魂の叫び声・呻き声」を聞き分け る力などありません。
 いったい「今だけ、金だけ、自分だけ」のグループに、プロテスタント教会が入っていないとなど断言できるますか?
 「今だけ、金だけ、自分だけ」のフィルターにかけて牧師は説教をつくり、信徒はさらにそれに輪をかけて、「今だけ、金だけ、自分だ け」のフィルターでしか聖書のメッセージを聴けていないのではありませんか。

 けれども、過去にそうでしたが、今も、社会的に影響力のある立場にある人は、決して少なくはないのです。
 おそらく勢力拡大のために「意見の違いを乗り越えて、大きな枠組みで一致できるところで動く」ことが難しいというところが、どんな 宗教者でも、宗教者が一般にもっている弱点でしょう。
 安冨さんのお考え方は、キリスト者からみて、おそらくいろいろな議論の対象になりそうです。これまで学校体制を築き、維持してきた のは、だれをあれ、キリスト者が少なくないからです。ホームスクーリングの立場から言えば、大歓迎です。女性装のことは別。外見がど うであるかはあまり本質ではないからです。日本では、教育といえば、学校教育。そこに「学校以外の風」を吹き込ませるだけで、休み明 けに、自殺するような子どもたちは、激減するに違いないと考えます。山本さんへの期待はそれだけではない。
 けれども、子どもたちから自殺者を一人でも出させないために、政治がかわらなければなりません。