Tokyo 7月12日(金)
         
ASLという病
 

 
 弁護士クリストファー・クリッカさんが、ASLで天に召されたのは2009年の冬。
 この病魔とのたたかいは、発症後15年に及びました。ホームスクルー法律支援協会のシニア弁護士として活躍を始め、数冊のベストセ ラーを執筆しました。わたしも、ワシントンDCのご自宅に伺い、お目にかかることができましたが、すでにASLの症状による筋肉マヒ は進行し、わずか手首を動かせるのみで、ほぼ全身を動かせない車椅子での生活でした。
 介護なしではトイレに行けず、ただし言語障害が始まっていたものの、ゆっくりとしたスピーチは可能でした。対策は、プロテインを摂 取したり、動かなくなった筋肉をトレーニングするなど、すべて対症療法のみ。徐々に、しかし確実に死に至る病でした。
 人は必ず死に至ります。永遠に生きないし死はそれで終わりてないとしても、死のときは必ず訪れます。
 しかし、常に死と隣り合わせに置かれるかどうかは、そうでない場合と、まさに雲泥の差なのでした。
 もともと、スポーツマンであり、好きな水泳やテニスが出来なくなったのを嘆くより、朝から夜まで、一日中、自分の死を意識しなけれ ばない恐怖に苛まれていました。

 信仰者として、大きな仕事を託されていたため、どのような場面でも傲慢にならず、創造主の前に徹底的に謙遜であれという戒めだった のかもしれません。それにしても、とてつもなく大きな十字架を背負わされたものです。
 クリッカの本は今も米国内を中心に読みつがれ、日本語訳も含めて、各国語に訳され、世界各国のホームスクーリング運動に寄与しつづ けています。

 末期には呼吸器をつけ意識がなくなり人工心臓をつけるという場面で家族が拒否。静かに亡くなりました。
 走るべき行程を全力で走り通し、倒れるまで走ったような生涯でした。

 「15年ものあいだどうして神は、地べたを這 いつくばるような人生を与えたのか」といった米国人の知己の方がおられました。
 わたしもこれといった答えをもちあわせていません。まさに神のみぞ知るです、
 なぜ神がこのような壮絶な生き方 を許されたのか。全貌はわかりません。ASL患者に生きる希望となったというのも間違いではありません。
 彼が難病と闘いつつ、書いて下さった書があったからこそ、日本でホームスクリングを始められたからです。山本さんが「れいわ」から ASL患者の舩後(ふなご)さんを擁立。私の尊敬するクリッカ弁護士を引き合いに出した意味は、どんな難病に置かれいても「役に立 つ」から生き ていけるという誤解を生みだすかもしれません。

 障害があってもどこかで何かの役に立つのならよいではないかと、わたしがクリッカ弁護士のことを引き合いにだしたのはそのような意 味ではなく、ASLという病を持つ人であり、同時に、ホームスクーリングをすすめる上で、鍵となった人の友人とならせていただいたと いうだけにすぎません。
 山本さんも語られていましたが現役ASL患者の舩後靖彦(ふなごやすひこ)さんが国会議員になる意義、もしくは「変革力」は測り知れないと考えま す。
 「障害のある人にとって快適な社会」はすべての人にとって快適なのです。そうだとしたら、これからの日本をイメージするとき、とり わけインフラ整備の青写真を作成するとき、真っ先にアドバイスを仰ぐべき人になるでしょう。五体満足であれば小さな段差など気にも止 めないでしょう。
 当事者のご意見をベースに、車椅子やストレッチャーが自由に通ることができる空間を最初からつくらなければならないのです。

 終生身体のどこにも劣化のない人もおられるかもしれません。
 けれども、誰でも歳とともに手足等の不自由を感じるようになります。いえアドバイザーに生きる意味があるとか「役に立たないかどう か」で人の存在価値を決めるのは、「生産性があるのかないのか」と同じくらい、障碍者の社会とのかかわりを見ることにおいて的を外し ているといいたいのです。どんな障害をもっていても、「何もしなくても、ただそこにいる(存在している)だけでいいい」と周囲の誰も がいえるような社会が作り出されなければなりません。