Tokyo 7月7日(日)
         

 選挙がおもしろい

   
  選挙だけに特化したくないと しても、「れいわ」の醸し出す面白さは、これまでの選挙とは全く違う空気を生み出していると思われますので、今回も、あえて、この話 題。
 「れいわ」が絡む選挙が、いま、ものすごくおもしろい。

渡辺照子さんの演説に感心しました。
それは、とうぜん、生活者の姿そのままであり、主婦のハートそのままを明快に語る(表現する)ことのできる稀有な能力があるとみうけ られるからなのですが、それにしても、たとえば、票につなげるために、どういう人材を選び出すかというところで、「ビッグネーム」と か、「ルックス」「知名度」によりどころ求めているのは与党だけではなく、野党にもみられる傾向です。、
 中身など見ないで「見た目」で判断するに違いないなど、やはり、
庶民をバカにしているというわけではないのでしょうけれど、下郎たちは、どうせ中 身など見ないで表向きで決めるだろうなどといっていないとしても、あまりに普通の人たちを"軽く"見過ぎているのではないかと 疑っていました。
 やはり、太郎さんは、政治家としての能力は「ただもの」ではないですね。

 「人気」「見た目の良さ」「ルックス」 とか、要は、「人は中身よりも外見を見る」傾向にあるのです。そのような外見主義がまかりとおってきたため、(野原さんについて もそういえますが、)山本さんが徹底して、「優れた動機」に着目しているあたりむしろ新鮮味を感じます。
 ほんとうに事を動かせるのは、おためごかしの利益誘導型のパフォーマンスなどではなく、オーセンティシティであり、切実 で真剣な思いだというところ。それが「当事者を表舞台に」という意味なのでしょう。
 
 
 渡辺さんは、毎日の困窮や弱さのなかで喘いでいるごく普通の国民の心のど真ん中に直球のストライクを投げられ る逸材ですね。
 いいかえれば、美辞麗句、耳障りのいい褒め言葉、同情だけのことばとか、形だけの挨拶だとか、この方にはいっさい通用しないと思わ れます。
 このような人に心をとめ、選挙の表舞台に引き出すことにより、結果として、山本さんのいっていることが、「ことばだけ」ではなく、 実際の困窮にある人の声によって政治を動かしたいという明確な願いと狙いを持っておられると感じられます。
 当事者の声を政治に。そして、山本さんの思想信条がどこにあるのか、彼が聖書を読んだことがあるかないかわからないし、たぶん、や や仏教思想に肩入れしておられるのでしょうけれど、どの宗教をベースにするかというより、人の尊厳性を、地位、名誉、外見で推し量る のではないという考え方と、どんな人にも「尊厳」を認めなければならないという基礎の考え方には、(わたしはキリスト者なので、なお さら)たぶん意図しないまま、キリストが地上で生きた生き方が映し出されているようにもみえます。

 もっとも、ある人のすばらし生き方や魅力的な人生と比べたり、そこから推し量ったりできるほど、キリストは小さくありません。