Tokyo 7月4日(木)
         

 豊かさはどこにあるか

   
  「れいわ」候補者とされた、三井さんと大西さん、いずれもお金のことにまつわるスペシャリストですが、「豊かさ」とお金の関係を根源的に問うておられると ころ、これまでの政治家と違うところでしょう。 お金はないよりあったほうがいいでしょう。幸福の度合を、お金を どれだけ自由につかえるのかという尺度でみたとしたら、それは 100円ショップしか使えない人より、銀座のブティックで数十万円の品を買える人のほうがいいといわれるのですが、わたしはそれも 「刷り込まれた幻想」であると思います。

 高級品を大切にして、一生の宝、もしくは子孫につなげるものとしてもいいのですが、やや寂しい。どうして、見えるものにこだわるの でしょう。見えない、生き方のようなものこそ、子孫に継承していけるものなのではないでしょうかね。
 膨大なお金があったとして、それを全部自分の楽しみや遊興のために使ったところで、生まれる幸せなど、むなしいのではありません か。アマゾン創始者が数億ドルものをお金を寄付したと報じられているので、いえ、ありあまった金をもっている人がばら撒いたに過ぎな いとしかみれないとしたら、その人は、ほんうの「幸せ」を知らないまま生涯を終わるかもしれないです。
 自分のもっている力を隣人のために使うことが「愛」。好きとか嫌いとかいうのもたぶん「愛」のカテゴリーに無理やり入れることがで きるのでしょうけれども、自分のもっているものを「犠牲」にして他人が喜び、生かされるときの「喜び」が人生を動かしている人はほん とうに幸いです。
 政治に参加するとは「かわったことをしている」のではなく、隣人愛の実践そのままです。
 「自分は無力なので、一票で政治をかえるわけではない」といって、「棄権」するとき、選挙に希望がもてなかったので行かなかったで すまないのであり、今の腐った政権にたいしてOKのサインを出しているのと同じなのです。 
 あえて、繰り返します。棄権するのは、何もしないのではなく、今の体制に賛成しているというサインとみられるのです。
 そんなの不本意でしょう。隣人愛を実践するため、そして今の政権が腐っていると思い、変えたいと思っているなら、「良心の声」を一 票に託すべきです。
 「不正選挙」。全くクリーンであったら、トランプさんの選挙のとき話題にもされなかったでしょう。
 それでもひとつわかってきたことがあり、「選挙結果を不正に動かすシステム」は、普通の市民のたくさんの声に「太刀打ちできない」 ということです。
 声をあげ、そして「投票行動」に出ることが、憎むべき不正システムと闘う道です。
 豊かさをテーマにしたつもりですが・・・、いえ、選挙行動は、日本にすむすべての人に豊かさを実感できるようになるかもしれないの です。