Tokyo 7月2日(火)
         

 ブラックボックス

 
 ブラックボックスというのは、数学においての関数を学ぶときの大切な考え方。英語では「ファンクション」。微積分学では頭文字の 「F」に由来した文字が使われます。。
 中に何が入っているかわからないところに、何かをぶつけてみると、「ブラックボックス」から出てくる要素の「法則性」によって、あ る一定の定数なり決まった法則(原則)がみえてきます。「定数」は単純であったり複雑な数式であったりします。
 単純なところでいえば、たとえば「こま」を入れると「ゴマ」。「ヘル」を入れると「ベル」。これを何度か繰り返すと、「だく点をつ ける」という操作がみ つかるのです。
 日本語としての「ブラックボックス」は、得体のしれないなにかの魑魅魍魎(ちみもうりょう)が入った恐ろしい箱みたいな意味でも 使われるでしょう。
 良い意味からいうと、山本さんの「ブラックボックス」。とくに、人選の質はすばらしいと思います。
 もちろん、山本さんを礼賛しすぎないようにしなければなりません。
 オリジナルの罪を背負うすべての人の一人なので、なにかのひょうしに裏切ったり、公約を反故にしたり、意見をかえたりすることなど 絶対ないとはいえないのは承知の上です。
 それでもなお、「れいわ」の候補者は、問題解決にむけて当事者の声や現場の必要を政府にたいして 訴えることができる人であるというところで一貫しておられるとみえます。
 (蓮池さんについては、わたしとしては、少し長いコメントが必要ですので、あとでまとめて書きます)蓮池さんの人選も、山本さんが 俳優出身であるのにもかかわらず「人気」「外見」「力関係」などに縛られず、"余人をもって代えることができない"という意味で優れ た人選感覚をおもちであると考えます。)
 
山本さんのもっている「ブラックボックス」は、これまでの既得権益のシス テムを根から打ちこわし、日本国憲法の柱である「基本的人権」「主権在民」「平和主義」に基づいた方向に向けてくれるに違いないとい う、わたしのような一塊の庶民にも希望を与えてくれます。
 山本さんの「れいわ」のブラックボックス変数が、日本にどのような結果をもたらしてくれるかとても楽しみです。
 たとえどんな思想信条にたっていても、どんな地位(公務員であれ民間人であれ)、働いても働いていなくても、障碍があってもなくて も、どんな状態にあっても、玉城デニーさんがおっしゃっていたように、「この国で生きる誰ひとり取り残されない幸せが実現する」という 「変数」が飛び手てくるのを期待します。もちろんこの恩恵を受ける人に例外があってはなりません。
 それは、山本さんに敵意をもち、れいわを潰しにかかっている輩たちにとっても"良かった"と思われる結果です。
 山本さんはキリスト者ではありませんが、たぶん期せずして、キリストの生き方をなぞっています。敵をも愛することが、イエス・キリ ストの教えた隣人愛の本質だからです。
 それでも、アベさんとその仲間の、まさに今の平和体制を打ち壊そうとしているテロリスト軍団にとっては、「れいわ」の躍進は、いい 結果になるとは思われないのですが。
、少なくとも、日本のこれまでの政治について、このような希望の光を国民にたいして照らしてくれたことは、あまり、なかったかもしれ ません。

 三井さんの出馬会見をうかがって思ったのは、「悪い意味の企業ブラックボックス」。
 心が動いたのは、三井さんが、コンビニチェーン店オーナーの経験をもつお方であり、ただ「セブンを恨む」という動機に押し出されて いないところ。問題点と同時に、コンビニの社会的必要性をよくわかっておられたところ。当事者としての動機が大切だとしても、最終的 に「公益」となることをめざしておられるところです。(これは、山本さんが「母子家庭出身」だから母子家庭に理解があるとかいうモチ ベーションで動いていないというところにも共鳴しています。)
 要するに、自分はこれまで死ぬほどの苦労をしたのだけれど、いったん活動の場が政治にかかわると決めた暁には、自分の体験を、誰も 経験していない「貴重な体験」と みて、恨みや人を傷つけるための具とせず、隣人のために役に立つものに変えていきたいという。
 つまり、それが「隣人愛」です。
 米国で生まれたセブンイレブンが、「セブンイレブンジャパン」となったとき、雇用や利益配分というところでかなり悪質化していると い うところは、周知されるべきだと思いました。
 現場で働くものたちが不利益だけを蒙り、本部筋のつまり、一部のものだけが利益をひとりじめ にするというやりかたが、米国国内の本家であるセブン店にも影響を与え始めているのであり、日本の劣化とか腐敗が海外を侵食しているところ、何とかしなけ ればならないとも思いました。