Tokyo 1月12日(土)
         
マイピクチャー
 パーキンソン病に罹患し、遺伝子治療を願う弟を見舞うために、札幌に滞在していたとき、弟が実家に眠っていた古いアルバムをもってきて、「必要なもの あったらもっていったら」とのことでした。ふだん、アルバムとかに全く興味がなかったので自分の記録などに無頓着にしているわたしとは裏腹に、父母はマメ に写真を残していて、わたしの幼年時代のものが数枚あり、本コンテンツとは無関係ですが紹介します。

 おそらく2才までもう少しというところ。わたしは電車のおもちゃがひどくお気に入りだったようで。おもちゃの電車を転がしながら自分も縁側の先にすすん でいって転げ落ちそうになっていたため、いまはあまりみられない割烹着姿の母が「これ!ハルト。そっちあぶない!」とか言っているところ。いちど縁側から 転げ落ちたことがあったのかもしれません。
 おそらく父が写しました。わたしは子どもの頃分解が好きで、おもちゃで遊んだあと、最後は分解して中身(仕組み)をみてみなければ納得できなかった性分 だったため、2人の弟たちがこの電車で遊ぶことはかなわなかったのでした。「ハルトはなんでもぶっこわしちまうから、もうおもちゃ買ってやれんな」という父の言葉を思い出すのですが、そのかわりというか、少年向けの文学全集やら伝記全集やら、図鑑全集やらを買い与えてくれて、これが将来にわたって役に立つ非常にありがたい 知識となっていたと存じます。

 もう一枚。
 
 七夕の頃の写真。
 弟たちとともに浴衣(ゆかた)を着せられました。家の前にきゅうり畑があり、ポーズをとっているのですが、誰が写したかわかりません。
 わたしは親戚からは「ハルトちゃん」と呼ばれていました。
 一歳下の次男とはいつもとっくみあいのけんかばかりしていたようで、いえの障子やふすまの紙は破れ、修理してもすぐ壊してしまうので木枠も壊れたままで した。ともかく母は「4人の子どもたち」を相手に、日夜掃除や片づけに奔走していたのでした。
 こんかい治験の候補にあがった三男は、なぜかいつも“女の子”の姿に変そうさせられている場面が多かったのため、“髷”を束ねていたのですが、この写真 では髷らしいものはみあたりません。
 母がキリスト教に入信する数年前。ただし、子どもたち3人に“密かに”幼児洗礼を授けさせていたという親戚の証言があります。
 カトリックに確認したところ、教会の洗礼記録簿には名前がみられないとのことで、想定されるのは、おそらく母はカトリック信徒として洗礼を受けていな かったものの、母の性格からして“無理に”神父に頼み込んだのかもしれません。ただ、あとでさんざんカトリック批判をしていた母でしたから、仏教ではな く、なぜそこまでして「キリスト教の幼児洗礼」に拘ったのかは不明です。