Tokyo 12月31日(月)
         
 キ リスト者だからといってかならずしも誠実ではない。
 キリスト者だからといって、必ずしも親切ではなく薄情な人も多々。キリスト者だからといって謙遜な人ばかりではなく、何でも自慢の種にしたがる ような輩なら、むしろキリスト者のほうが多い。キリスト者が特別な人であるかのように自称しているなら、ひたすら相手を見下す態度だけで、「福音の塩気」 は微塵も 感じられないでしょう。
 真面目で、純粋で、そして知恵や謙遜さなどを尺度にして未信者と比較しようものなら、キリスト者から離れたくなる・・・といわれても、正直そういいたい 人を引き留められなくなります。いえ、たとえばそこで、「それならどうしてキリスト信者をやっているのか」と問われるとしたら、結局、自分の意志でキリス トと繋がりをもつようにされているのではなく、キリストに捕らえられているからだという以外に言いようがありません。
 「寝ても覚めてもキリスト」という言い方は、キリスト者でない人に実体が正確に伝わるかどうか自信がありません。
 いえ、悪意や反感があるなら、“キリスト教”ではなく“キリスト狂”だという言われかたさえありえると思います。
 なにせ寝ても覚めてもキリスト。
 それでも、キリストの業の全体像がわかっていない。ところが少しでもキリストのみ業を理解すればするほど、ご自分の命を犠牲にしてまでわたしを罪と滅び から救ってくださった方のために生きるしか道が見えなくなる。・・・選択肢がなくなっていくのです。
 パウロも「生きるのはキリスト、死ぬのも益です」と言っていたのですが、世の基準からすると、それほどキリストに魅力があるのかといわれることになるで しょう。
 「キリストの魅力」ですか・・・。 
 わたしもその全体像を捕らえているわけではなく、捕らえようとして必死になっているとしても、おそらく生涯にわたり、それを完全にとらえることはできないと自覚しています。わたしはキリストから愛されているという自覚をもっていますが、キリストを愛するありかたにおいて、自分が足りているとはとうてい思われません。夫として父親として、教職者として、いまは経営者として何も備わっていないに等しい。もともと、自分はキリストに愛されるにはふさわしくないにもかかわらず、一方的に愛してくださっているという事実を受け入れるところから信仰がはじまっているからです。

 世にある優れたものや(女性を含めて)美しいものがわからないわけではありません。
 世にあるものの美しさ、すばらしさについてなら、ある程度分かるつもりでいます。音楽について、文芸作品について、職人技について、知識についても、同様に、「キリスト者のほうが優れている」となど、どうして言えるのでしょうか。やさしさにおいていえば、キリスト者のほうが薄情であり、「あわれみ」と「いたわり」に満ちている仏教徒のほうがはるかに魅力的にみえるに違いありません。
 もしも、人が“やさしさ”や“憐れみの深さ”をもって救われるのだとしたら・・・です。救いについてだけいえば、外見の美しさにどれほどの意味があるのでしょう。
 けれども、世に、キリストの名によるしか救いはないとしたら、キリストの世にあっておこなわれた犠牲のみ業により、世界が刷新され、罪がない世界を創り出されようとしておられようとしておられるのだとしたら、そして、キリストの価値の全体像はやがて見えるようにしてくださると信じているので、どんなに美しく完全にみえるものでさえ、キリストに比べようとは思わないのです。
 不完全な人を呼び集め、罪あるままに召された方は、不完全な状態にあるまま訓練し、そしてご自分の栄光のために用いられるのです。
 わたしがキリスト者として自分を戒めているのは、「勝手に決めつけてはならない」ということ。つまり、その場でどれほど兄弟姉妹が嫌いだとかだったとしても、その兄弟姉妹を愛しておられる方がおられるのだという知識を得ているので、ひとりひとりについて、キリストのみ手に委ねることが学習されているのです。
 人のことがどれほど理解できていると判断したとしても、決めつけてはならないと戒めています。

Como Llora Una Estrella 
 ベネズエラに由来する美しいギター曲です。「星の涙」と邦訳されています。
 ギター曲の魅力は、情感や音の強弱とか、ギター以外のどんな方法でも置き換えられない、つまりギターでしか表現できない音楽性を示すというところでしょう。この曲も一般にそれほど有名ではありません。
 日本の演歌の“どろくささ”をなくしたような哀調があります。演歌とたとえるのもなんですが、いえ、演歌が好きな方はその“どろくささがいい”ので、コーヒーの苦みに好き嫌いがあるのと同じで。苦みのないコーヒーなんて飲めたものでないとかいわれそうですね(笑)・・・それでも、日本語の歌詞がつけられても、日本の文化にもすごく馴染むと思われます。演歌歌手だとしたら八代さんかな。そうですね。女性の声だとしたら、そう、演歌歌手ではないけれど倍賞智恵子さんのような声かベストかなぁ、あ、どんどん話題がギターから逸れていきそうですね。いろいろな演奏家によって演奏されていますが、Jウイリアムズの演奏がわたしには耳馴染みがいいというか、何度きいてもよし。