Tokyo 12月23日(日)
         

 アベ政権に対する勢力のなかで、政治に最も近いグループに皇族がいるのは間違いないと書きましたが、天皇の地位が神話に基づくとか、一族の地位と名誉と 財産を守るためにこれまでどのような歴史的事実が積み重ねられてきたかの検証をしているバーガミニなどの著作を熟読したとき、間違いなく“健全な市民感 覚”や優れた教養が現在の天皇家に宿っているというリアリティは、ほとんど奇跡のような事象なのだと気がつきます。
 
 元号がかわるのは、「天皇によって時間が支配されている」という意味であり、叙勲などの儀式は、「優れた知性や能力のすべては天皇によって仕切られてい る」という意味なのであり、神話による天皇の支配の世は、戦後終わっているといえども、事実上の天皇による支配は、ただの“痕跡”にしか過ぎないという建 前にもかかわらず、権力の側からすると、米国をふくめて日本を支配するために天皇制を利用したいということになるのでしょう。戦前戦中は、天皇の主権性 を、時間への支配、言語への支配で“世界に広げる”ことが目指され、その世界観を「八紘一宇」という名をもって、とりわけ近隣の東南アジア諸国に押しつけ たのでした。歴史にタラレバはないとしても、そして米国の武器商人や戦争屋によって“仕掛けられた戦争”という側面も疑わなければならないとしても、明治 憲法立憲にかかわった伊藤博文らにもみられたように、西欧でキリストのおかれている“地位”を世界規模で天皇支配に塗り替えたいという野心は明白だったの でした。
 敗戦後の米国による支配であり、日本の主権は守られず、常に米国が宗主国となり、日本が米軍基地などについて、どれだけ民意があきらかにされようとも、 米国に日寄った力の行使をおこなおうとするのでしょう。沖縄がもつ「天皇家への反感」承知の上で、なお天皇夫妻が示しておられた「痛みの心」が印象に残り ます。その心こそが、日本がこれから民族として存続していけるかどうかという局面で、絶対に欠かしてはならない基礎中の基礎であるに違いありません。「自 分たちの存続繁栄のため命を投げ出してくれた人々のため利己的感傷」としてではなく、沖縄が歴史的にどんな苦しみを覚えてきたか理解することが、日本の歴 史全体を正確に知る上で必要だと思うからです。
 昭和天皇がじぶんたちをまもるため敗戦直前に示した「本土に米軍が入るのを少しでも遅らせてるための捨て駒にした」というのは事実であり、「従軍軍慰安 婦」にみられた天皇による差別と搾取による統治の考え方も、朝鮮半島からの“移民”たちによる強制労働によって建設された「松代大本営」に垣間見られるの でした。
 バーガミニによる歴史的検証だけに留まってはならないのであり、天皇家に継承されている“連続性”と“非連続性”は、それはそれで、すでに別に検証しな ければならないテーマになるのだと考えます。