Tokyo 12月18日(火)
         
 どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産に よってどうすることもできないからである。
(ルカによる福音書 12章 15節)
 
 人が生きていくうえで、最低限の年収というのは確かにあるのかもしれません。
 食べるのにもことかくような生活を強いられているような人にたいして、支援ができるのは、民間のボランティア慈善団体なども然りですが、政府がなすべき なのは、そのような人々への救済であり、政府や行政がおこなえる最大の“隣人愛”があるのでしょう。福祉目的とかいって、
持っ ている人をさらに富ませるなど、具の骨董にすぎないといえるでしょう。国にとっての最重要課題は、軍産企業に金儲けさせるのではなく、貧しい人々の救済でしょ う。そんなあたりまえのことなのですが、安倍政権は、あえて公然と貧しい人々を踏みにじっているのが現実です。
 消費税の10%増税も、愚策以外のなにものでもありません。もし景気を良くしたいのなら、消費税を廃止するか、税率を5%に戻すこと以外にないのは、少 年でもわかることです。いえ、仮に、税金を福祉目的とかに正しく支出されているのであれば、納得できるのでしょうけれど、貧し人を苦しめて、詐欺師のよう にお金をだまし取るようなことをやっているとしたら、納得するどころか、受け入れられないのはあきらかなのです。
 たとえば、年収が必要最低限を超えるような人は、世の“成功者”とか“勝ち組”といわれる人々にみられるのでしょうけれど、人からすると、もっている財 産に比例して、ステータスとかいう“虚像”がふくらむばかりか、財産に比例して幸せがあるかのように錯覚してしまうのでしょう。
 現実には財産と幸せは比例していません。
 自分が他人に比べていかにリッチであるかという場面を多くつくらなければならないとか、最悪なのは、他人を見下すような場面がなければ、自分の幸福感が 実感できないという心であり、それこそ、一番“貧乏くさい”生き方をしていることになります。自分が買った高価な品が、どのように自分のものになったかな ど、誰も聴きたくないでしょう。けれど、リッチであることを是が非でも自覚したい人は、それとなく“自慢の種”を探し出して、他人に自分を見上げてほしい のでしょう。主が地上に生まれて後、リッチに生きる人たちは、富みと貧困について、常に新しい局面に晒されているといえます。キリスト以降、富んでいる人 こそ、自分の不幸を嘆かなければなりません。

1    聞きなさい。金持ちたち。あなたがたの上に迫って来る悲惨を思って泣き叫びなさい。 2    あなたがたの富は腐っており、あなたがたの着物は虫に食われており、 3    あなたがたの金銀にはさびが来て、そのさびが、あなたがたを責める証言となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くします。あなたがたは、終わりの日に財 宝をたくわえました。 4    見なさい。あなたがたの畑の刈り入れをした労働者への未払い賃金が、叫び声をあげています。そして、取り入れをした人たちの叫び声は、万軍の主の耳に届い ています。 5    あなたがたは、地上でぜいたくに暮らし、快楽にふけり、殺される日にあたって自分の心を太らせました。 6    あなたがたは、正しい人を罪に定めて、殺しました。彼はあなたがたに抵抗しません。 (ヤコブ書5章)
 
 たとえば、誰も知られないように、そのありあまった財産を、神のため人のために用いた(献げた)としたら、その行為じたいは、誰にも知られず、誰の目に もとまらず、人の記憶からすら消し去られるのでしょうけれど、「隠れたことをみて、公平に裁いてくださる方」が見ていてくださると信じられるということは なんと幸いでしょう。主は、すべての隠れたことを明るみに出され、そして公平に裁いてくださいます。
 主は、貧しい人々や抑圧されている方の味方なので、沖縄の辺野古埋め立て問題であきらかにされている今の安倍政権がむかっている方向にたいして“怒り” を覚えておられるに違いないと確信できます。
 お金で幸せの価値が決められないということと、主が願われているように人知れず財産を使うことができた人の幸いは、おそらく想像を超えているといえま す。