Tokyo 12月01日(土)
         
 
天皇家の発言について

 天皇が神格化されるための宗教儀式である「大嘗祭」について、秋篠宮夫妻が「宗教と国との結びつき」や「宗教行事への国費の支出」に問題があるのではな いかと発言。この発言の根拠となっているのは、このたびの200名を超える「大嘗祭違憲訴訟」原告団の発言ではなく、どうやら現行天皇にありそうです。
 つまり、現行天皇夫妻を筆頭に、天皇家が立っておられるのは「ごくまっとうな市民感覚」以外の何ものでもないという理解をすべきなのだと考えます。
 歴史的経緯から、特殊な政治と密接不可分の関係をもっているとしても、さらには、天皇家を特別扱いするような憲法のなかの矛盾によって生まれているひず みのような現象だったとしても、大嘗祭に膨大な額の税金が使われていることが、「憲法違反」というところは、日本を愛するすべての人が共有すべき事柄なの ではないかと考えます。
 たくさんのリスクを負わせることになろうとも、わたしは天皇家に属する皆様をすべての政治的な縛りから解放したらという考えです。一般市民が当たり前に もっている自由と権利は、天皇家にたいしても保障されるべきであり、そうでなければ憲法に根本的な不備があるとみられても仕方ありません。
 由緒ある家系として一般市民から尊ばれることに異を唱えるつもりはありません。わたしはキリスト者であり、神とされるのはキリストのみであると信じてい るからなのですが、天皇家にたいして、「ごく普通の市民感覚と教養を身につけておられる」という意味以外の尊敬をもちあわせていません。他の諸宗教への 「寛容さ」もまた、現行憲法が求めている「市民感覚」であると考えるからです。たとえば、国がひとつの宗教を特別扱いしなければならない環境は、たとえキ リスト教の考え方によって影響を受けることが市民生活に良いことをもたらすと確信しているとはいえ、たとえキリスト教であったとしても、ひとつの宗教を国教 化したシステムは憲法がもとめている「主権在民」と相容れないと考えます。
 天皇制そのものが、「主権在民」と相容れないシステムなのであり、象徴天皇であるとしても、敗戦後の日本は矛盾をかかえたまま「時間の区切り」を天皇に 預けたまま、進んできているのでした。
 ひとつの宗教を推進したり、また禁じたりすることを国にたいして許さないのが現行憲法のねらいだとしたら、秋篠宮さんは勇気をもって語ってくださったと 思いますが、それさえ、天皇家を特殊な存在である扱いのための手段としてはならず、天皇家にあきらかに存在する「市民感覚」こそが、現行安倍政権に最も対 峙する考え方なであり、政治勢力ではないとしても、安倍さんが最も敵対視するであろうグループに、提訴にかかわった宗教者ばかりでなく、天皇家がいるとい うのは、ほぼ間違いのない事実とみられます。