Tokyo 10月14日(日)
         
 米国におけるホームスクーリングの展開 (3) クリスチャンスクールからの攻撃

 フェミニズムからの攻撃もすさまじかったでのですが、米国において、ホームスクーリングにたいしてもっとも攻撃したグループだったの は、クリスチャンスクールからのものでした。「米国において最初にホームスクーリングを迫害したのはクリスチャンスクールである」と言われています。
 その理由のひとつは、キリスト者がもともと、学校教育について最も熱心なグループとされるからです。国の学校制度も、創始期においては、英国教会の信徒 がおこなった「日曜学校」が祖とされていて、とりわけ、親に強制的に仕事に駆り立てられ、生活に必要な基本的なことさえ学ぶ機会を奪われている子どもたち に、せめて日曜だけでも教育を受ける機会を与えたいという隣人愛が動機となって生まれたのが学校制度なのでした。
 いまでも、学校教育は、国家による最大の福祉政策とみなされます。
 学校教育こそが子どもが生きるために必要とされるのであるから、学校教育を与えないことは隣人愛に背くというわけで、あるいはそこまで過激な言い方でな くても、たとえば学校教育に批判的なキリスト者たちは、教会との連携のなかで、“スモールスクール”を創設しはじめます。英国ではすでに、1920年代 に、ドイツを祖としてでありますが、サマーヒルスクール運動がはじめられ、サマーヒル・スクールでは、「子どもたちは強制よりも自由を与えることで最もよ く学ぶ」という哲学を基礎とした、スクーリングがおこなわれていました。ただし「教室と教師」という学校のフレームワークを取り入れていたのであり、そこ には「子どもは親だけでは育たない」という、それこそ自由教育とは別の教育哲学が存在していたといえます。学校教育への批判の受け皿としてクリスチャンス クールが「小規模なスクール」と「創造論に基づいた世界観と人生観」を教える受け皿になっていたとみられるのがもうひとつでした。
 サマーヒルにせよ、クリスチャンスクールにみられたのは既存学校への不満と同時に、共通点といえば「子どもを育てるのは親だけではない」という考え方が 基礎とされいたことでしょう。ホームスクーリングに対しての攻撃もまた、親だけで子どもを教育しようというのは無謀であり、専門家に委ねなければならない という価値判断がみえているのでした。(いいかえれば、「教師は子どもについてのほんとうの意味の“専門家”といえるのかどうが」をホームスクーリング運 動が問うていたのです。)
 ここに、「ホームスクーリングは学校と敵対している」という、ホームスクーリングにたいしての大きな誤解が生まれていたのであり、学校教育の有害性を問 題にすることもありますが、それは主要の課題ではなく、ホームスクーリングとは家庭をベースとした教育のことをホームスクーリングというのであって、学校 を排除して親だけで子どもを育てるという考え方に基づいているのではないのです。
 米国のホームスクーリング運動が、1990年代にやがて全米で合法化される方向に向かい、およそ200万人を超えるたあたりから、キリスト者の一般の世 論も変化します。ジェームズ・ドブソン氏によって創設されたファミリー・フォーカス(日本ではファミリー・フォーラムに継承されています)が、確固とした 影響力となり、家庭の役割や親子関係の再検討を促していったことも背景にあります。
 クリスチャンスクールの反論は、実はクリスチャンスクールを構成する質のいい構成員が、ホームスクーリング出身であったところから切り崩され、やがて、 それまで「教科書はホームスクーラーに売らない」と宣言していたアベカ出版が、ホームスクーラーへの販売禁止の規制を廃止するに至り、そこから表向きには 反論そのものがほぼみられなくなりました。
 いえ、あくまで“表向きに”という限定つきだったのであり、とりわけ、既存教会のなかで、とくに学校教育に熱心な老練キリスト者らの反発は執拗なものが あったとされます。ホームスクーリングで生活を過ごす子どもたちが、教会生活のなかである種の「いじめ」のような目線を向けられたというのも現実だったの でした。
 クリスチャンスクールと協調関係におかれるのがホームスクーリング運動の帰着点でありません。
 ただ、ホームスクーリングで育った子どもたちが「あちこちで高い評価を受ける」結果として、日本でも、結果としてホームスクーラーたちはクリスチャンス クール側にも歓迎されていくだろうとは確信しています。