Tokyo 9月24日(月)
         
 安部さんが“3選”となったようで、これで独裁国家への道をまっしぐらに転げ落ちるのかと、深く気分が滅入っていたところです。
 それでも、テニス界での大阪さんの大活躍。そして世界的ピアニストとされている辻井さん、さらには第71回カンヌ 国際映画祭でみごと最高賞のパルム・ドールを受賞した映画監督の是枝裕和さんなど、「日本人を安部総理だけで判断してほしくない」と願う一人としては、砂漠の中で冷 たい水を得たような心地になります。
 日本に住んでいても、失望に支配されることはないのだと確信させられるからです。
 大阪さんの場合、ご本人がそれを望むと望まないとにかかわらず、日本民族のなかに根強いとされる差別概念が根底から変化するかもしれない道筋が生まれているといえます。ひとつのことに秀でることは、「すべての道は通じ合っている」ということわざの通り、テニスの道を究めることで、全く別の分野と見える事柄にも、ごく短い時間で達成できる糸口が見いだせているといえるのです。
 一点豪華こそすばらしい。“バランスが崩れる”とか“知識が偏る”とか心配いりません。先だって結婚された卓球の愛ちゃんをみてください。中国語のレベルはもう並ではないのです。
 辻井さんは、すでに“盲目の・・”というレベルではないでしょう。世界的なレベルの名演奏家なのであり、つまり名演奏とは障害があるかないかに全く関係がないのだという古くて新しい常識を確認させてくれます。
 是枝さんの場合、安倍政権によって、何でも政府に媚びなければ生き残れないかのような世相が生み出されてきたのにたいして、健全な政府との対峙の仕方が確保されるところに心が留まります。健全な民主主義がこの国で死んでいなかったと安堵させられます。表現や言論の自由が確保されていて、その国での芸術や文化の健全な保全がなされると確信させてくれることでしょう。
 この先、日本でホームエジュケーションの数が増加をみるようになったとしたら、確実にいえることがいくつかあります。
 ひとつは、日本の民主化のレベルが健全に保たれているという指標となること。世界の事情からすると、地下運動などで隠れて増え広がるということはあったとしても、国家の教育統制が鉄壁と思われる共産国などでは事実上受け入れられることはありません。イスラム圏が、ひとつの宗教以外を認めない自由のない国であるとしたら、ホームエジュケーションを認めることは難しいと思われます。
 世界の情勢からいえば、たとえばカトリック圏に含まれる、イタリア、フランス、スペイン、それにブラジルで、ホームスクーリングを認めるか認めないかにかかわりなく国家による統制が強くなる傾向があり、ドイツその意味ではカトリック圏ではなにせよ、国家の教育戦略が優先されているため、ホームエジュケーションは公的に禁止されています。
 これから日本でホームスクーリングが広がるとしたら、学校教育が廃れるのではなく、ホームエジュケーションと学校教育のあいだに健全な“競争”が生まれるかもしれません。歴史は、ホームエジュケーションにたいして圧倒的な勝利を与えているのですが。
 もうひとつは、家庭の教育力が引き出されることによって、子どもたちの知的劣化が食い止められるという希望がみえていることです。学校教育がもたらした競争原理、点数主義という「負の遺産」を受け継いでいないだけでも有利です。