Tokyo 8月5日(日)
         
¶ オリン ピックを中止にすることが、日本民族にとって最善の道。反対に、これを強行すると、2020年から日本が世界のなかに存在しなくなる道に修正がきかなくな ります。このことを明確にしておかなければなりません。
 このように書くのは「あのとき、〜と言っておいたほうがよかった」といって後悔するようなことのないためです。
 それでも、万が一にでも中止の方向が見えてきたとしたら、僅かながらに日本が存続できる道が残っていると考えるからです。
 オリンピックは「今だけ、金だけ、自分だけ」を中心概念として動いているために、日本国をまともに愛しているというなら、中止にすべきです。

¶ 他人も同じに違いない。いや、同じでないのはおかしい。いや同じでないのは狂っているとかまでいくという精神構造は、かつて戦時下の日本にありまし た。オウム真理教内部にいる人であったら、すべては“あさはら”を中心に回っていると考えたのでしょう。自分の考えていることや知識が正しいかどうかを常 に再検討するという“健全な自己批判”のシステムをもっていないと、たとえばただのアナクロニズムに留まらず、とっくの昔に法律が改変されているのに、昔 の認識だけでずっと固定観念をもち続けるとか、状況判断を誤ることになります。

¶ キリスト教徒であるなら、国家にたいして、「どのような思想信条にもとづくとしても、居てはいけない人は存在しない」と言い続けなければなりません。 国家にたいしては、「自由にどのような条件付けがあってはならない」と要求すべきです。しかし、結婚観についてはたんに保守的であるというのに留まらず、 聖書の原理を生活と信仰の原理とみなしているなら、人は男と女に創造されたのであり、肉体的にも精神的にもそれがつくられた神の秩序であると認識すべきで しょう。それを基本にして、「性同一性障害」という病をどう受け入れるかというテーマについて、キリスト教の立場からどうなのか、真摯な神学的議論を続け るべきです。

¶ NHKは一度完全に解体した後、「公共放送」としてのありかたをゼロから再構築するほうがいいと思われます。

¶ 「夏休み児童相談」なるラジオ。動物や植物などの子どもたちからの質問に、真面目にお応えになっている学者のみなさまにはとても失礼なことなのかもし れませんが、きいていてひどく憂鬱な気分にさせられれます。
 「動物が生きるために不思議な知恵を身につけていると思われるのは、必要や環境に応じて個体を変化させてきたからである」という対応はほんとうに聴くに 堪えません。「キリンの首が長くなったのは高い木の上になっている実を食べたいが一心で、そのように個体を変化させてきたからである」という理屈を、動植 物にあてはめるというのは、ただの“空想”にしかすぎません。「信仰に基づく」という前提ではありますが、すべての動植物の生体機能や色や形状の美しさ は、創造主の業であるところに起因すると考えるのがリアルな世界のついいての最もリアルな説明であると考えます。