Tokyo 3月17日(土)
         
 音楽 が人の心を捕らえて止まない。たとえば、バッハの音楽や、ヒンギスやジャレットのジャズにこころをひかれるとき、それさえキリストのすばらしさに比べよう がないと考えます。
 どれほど音楽に魅力があっても、どれほどお金に力があっても、キリストの魅力、キリストの力に及ぶものは世に存在していません。キリストの真似をする偽 キリストなら歴史のなかに何人も現れては消えました。

 キリストから受けた恩恵が非常に大きいために、全生涯をかけても、その恩に返礼したいと願わされているのです。


 わたしは生粋のキリスト教徒であり、西欧の文化にさまざまな問題を含んでいたとしても、キリストからあふれ出る祝福がみられるのであり、日本人が西欧か らキリスト教をいわば脱色して、日本的精神に“換骨奪胎”してきたとしても、なお、未来の「キリスト教化された日本」への産みの苦しみなのではないかと考 えます。
 いえ、悪魔の手先のような極悪人の安倍総理でさえ、日本人のなかに、正義への渇望が引き出され、失われた政治への期待が再創造され、正義そのものが実現 されるための一里塚とされるえ思うと希望があります。
 希望のための希望ではなく、国民のなかに真実さへの希求が育まれることこそが、この国に本当の正義が実現するという証なのです。