Tokyo 3月15日(木)
         
 安部 さんが、かなり前から暗殺による支配に手を染めているということは、いくつかの情報筋から浮かんできました。
 暗殺による支配がはじまっているとしたら、政権の暴走を止めるためにどのような手段が選ばれるのか、それとも、自滅していくのかしかありません。
 邪魔者は抹殺するという、非常にわかりやすい悪の論理にたっているため、安部さんを受け入れることのできるひとは特殊な方を除いて、ほとんど日本にいな いと思われます。外国なら、とっくにクーデターのような武力行使を見ているのでしょう。表向きはいたって平和。何事もないかのような日常を送っているとい う反面、日々の食べ物にさえ困るような“貧困層”が爆発的に増大しているとみられ、消費税率が10%になるというところで、貧富の差は、加速度的に増大す るとみられます。これを機会に、道徳的な日本人は変質し、“盗み”や“食べ物をめぐって人殺し”さえ、日常茶飯事に横行するようになるでしょう。安部さん の周辺をみても、官僚制度は徹底的に自己保身に走るだけで、国民の幸福のことを考えなくなって久しいのであり、根源には、公明党=創価学会の暗躍と、それ にともなう裏社会、つまりお金で殺人を請け負うプロのヒットマンが横行しているのであろうと思われます。
 とにかく、「目的のためには手段を選ばない」というカルト特有の性質は、オウム真理教には顕著でしたが、平和の仮面をとうの昔に脱ぎ捨てた創価学会にも みられるというのは事実なのです。
 小泉さんの時代に、公明党は“政権与党”に食い込んできたのですが、時系列でいくと、そのあたりが日本の没落の発端にあたります。いいかれば、小泉さん の言動をどのように読み解くのかが、日本人が成熟していくための鍵ともなると考えます。たかが小泉さんではなく、小泉さんの言論にいとも簡単に踊らされる 国民なのであり、それは吉本芸人への熱の入れ方と、根底では繋がっています。
 本質的に、自分に有利でない場面では、正義の基準をすべて忘れたように動くのですが、いったん自分に有利と判断したら、正義も自分とともにあるかのよう な言動がみられるのでした。要は、正義とは常に相対的であり、自分の立ち位置によって有利であるかどうか、人気を高めることに繋がるかどうかだけにしか関 心がありません。
 「小泉さん流の反原発」というみかたもあります。反原発の根底にある考え方は、インターネットの時代に、どこにでもころがっています。自分の立場にとっ て有利と考えたら、反原発といえばいいのです。反原発のサイドからいえば、たとえどのような立場からであれ、“ネズミをとる猫”であればいいとされるので しょうけれど、日本人が、現状を超えた成熟を期待するとしたら、どのようにしたら“小泉流”を抜け出せるかでしょう。
 正義がなんであるかわかっている。ところがどのような犠牲を受けたとしても正義を貫くという、(それはイエスキリストにもみられたものですが、)たと え、自分にとって大切な何かを失うことがあろうとも、正義を貫くという政治家があらわれない限り、この国の未来は暗澹たるものです 。けれども、あえて言えば、数は少ないですが、山本太郎さんや森裕子さんのような議員らの発言や行動のなかに、希望ともいえるほのかな光を見るようであ り、それがやがて大きな光となって日本国を覆うようにでなもなれば、きっと、この国にも未来があると推測します。