Tokyo 3月10日(土)
         
  森友・公文書改ざん事件
 書き換え役の近畿財務局職員が自殺し、「原本」と遺書が見つかったと報じられました。安部さんが総理の椅子にしがみつく限り、これから、どれだけの人が“自殺”に追い込まれるのかわかりません。
 佐川さんも、ようやく世論がやかましいので、トカゲのしっぽ切りとして長官のポストから外されたとしても、これまでのように嘘を真実と自らに言い聞かせながらこれからの人生を生きるのは、森友問題の核心が首相の指示によるものであったとはいえ、生きることさえ至難の業となるに違いありません。「これまでのように淡々としていろ。良心の呵責に負けて“何があったか明るみに出す”など言い始めただけで、どうなるか・・・わかっているよな」ということで、悲惨なことに、逃亡者のような生活は、終生続くことになります。
 ユダは金の力を受け入れてキリストを裏切りましたが、そのことで良心の呵責に責めさいなまれ、結局首つり自殺してしまいました。
 嘘や罪を心の抱いたまま、人は生きることさえままならないのです。権力をつかってそれを強いている安部首相をはじめ、その取り巻きの連中の罪の深さは、こうなると、歴史に残るレベルといっても過言ではありません。
 官僚のポストが高い給料に裏付けられた公務員の華であるのは、権力の側にいて、忠実さを認めれらるからに他なりません。佐川さんも、非常に知能の優秀な方であり、事務処理能力なども高い方であり、何にたいしても誠実な人柄であろうことは、会わなくてもそのくらいは理解できます。性根からヤクザではないのです。ヤクザに命令され脅かされたに過ぎません。そのような同情さえもつのは、わたしばかりではないと思います。
 そのような“善人”を、責め立て、悪人に仕立てるというのも、また、きわめて罪の深いことです。殺人も罪深いが、殺人教唆はさらに罪が重いというのに似ています。
 選挙制度も、自分の意のままにできる。そして、マスコミはすでに手のひらの中、そして司法や警察官僚さえ、“手玉にとれる”とみているようですが、日本以外の諸外国であれば、とっくに各地で一揆やデモがおきているレベルであり、“正義が勝つ”のか、それともこのまま居座るようになるのかとされるでしょう。けれども、正義が実現する日は必ず来ます。“朝の来ない夜はない”からです。
 違いは、それがすぐに来るか、少し先延ばしされるかというだけの違いであり、悪が悪の状態を維持したまま、権力の座に居続けた歴史は、聖書のなかにも、歴史のなかにも書き記されてきませんでした。
 安部さんと一蓮托生で、日本民族が滅びるというシナリオを描いておられる人が多くおられるかもしれません。
 けれども、わたしはそのようには思いません。日本民族は、民族として神に愛されているからです。
 わたしは、キリストがもういちど地上に来られる前までに、多くの日本人が正義の根源であるキリストのもとに寄せられるであろうと固く信じているのです。