Tokyo 1月30日(火) 
         
 見えない偶像を壊さなければ
  人が世に生まれるところから、“身分”が決まっていたという時代が、この日本にもかなり前にありました。
 ほんとうは、現代日本でも過去形で語ることができないと思われるくらい、どの家に生まれたかということで人の生涯が決まっているような錯誤があります。いえ、仙台の丸森グループのように、生まれてすぐの乳児を養子縁組して、会社組織の“一部分”として組み入れる算段をたてているようなばあい、その幼児のそれからの生涯は生まれてすぐに、一本の路線、つまり「自由のない奴隷状態」におかれていることになるのですが、日本では希なケースで、普通はそこまではないとしても、金銭的に裕福な家で生まれたとしたら、そうでない家族に生まれた子どもにくらべてはじめから優位におかれているかのような、・・・これもりっぱな錯覚が存在しているのは否めないですね。
 そうです。学歴も同じです。有名私立大学の一貫校で育つと、社会的優位がはじめから約束されているとか。反対に、“偏差値の低さ”がそのまま社会ステータスのランキングになるとか。学歴にまつわる“神話”は、日本では衰えるどころか、「人がら」とか「何を信じているか」などはほとんど関心の外にされ、どの大学のどの学部のどんな学位を得たかがほぼ人となりを決定してしまうかのような“錯覚”があり、そこまでいくと、錯覚というよりマインドコントロールと同じ内容をもつに至るのです。詐欺師たちの手練手管を学ぶなどは言い方がおかしいですが、その意味からこの日本では学歴詐欺は悪人たちのやりかたの手口としてこの日本くらいやりやすい場所はないでしょう。

 学問的素養という意味では、それを学校で学ぼうが独学で身につけようが、学ぶ意志と機会があるかないかの違いだけで、学校に所属したとか、学生時代を過ごしたというだけでは、人を決定するようなものは何一つありません。むしろ、高学歴出身の人々に共通する腐臭のするような“エリート意識”は、人格にたいしてむしろ破壊的に作用するというのは言い過ぎではないと思われます。
 学歴なんか最後までわからないとかのほうがずっと人間関係がスムーズに行くなどという事例は、わたしのような会社経営者の立場になるとそれこそ“山ほど”あります。

 全く、学歴のない人で優秀な人は多数おられるし、“すごい学歴があるにもかかわらず”すばらしい人柄を兼ね備えた優秀な人も多数おられます。キリストの初代の弟子たちは前者が多かったのであり、ここで詳しく述べませんが、あきらかな理由がありました。
 人はどこで生まれたかで人生が決まるとか、有名私立・有名公立学校を卒業するとより良い人生が約束されるとか、お金がないよりあるほうがいいのは当然ですが、たくさんお金を持っている人は金額に比例して幸福だとか。病気はお医者さんでなければ“治せない”とか。教育は学校の教師をはじめ、親以外の他人が養育にかかわらないと絶対いけないとか。むかし、日本人もさまざまな迷信に縛られていましたが、現代日本人が見えない縛りが見えるようになっているとしたら、それこそ、がんじがらめの状態なのではないでしょうか。

 え!髪?髪のフサフサした人生と、髪の毛が薄いもしくはハゲとの人生に違いがある・・・ですか?え、それって聴きまちがいじゃないの?
 誰がそんなこと言いましたか?(笑)
 「髪で人生が決まる」なんか、嘘に決まってるでしょう。ブルース・ウイリスだって、ジェイソン・ステイサムだってすごいかっこいいではないですか。
 髪があろうがなかろうが、あなたはそのままで“すてき”なのですよ。
 髪のあるなしと、人生の優位性は全く関係ありません。 
 
 政府の役割
 
国家に役割が あります。わたしは聖書を信じるキリスト者としてアナキストではありません。諸外国からの 侵略を防ぐというのも大切ですが、もっと大切なのは、競争社会や自由社会が生み出す貧富の差によって生まれる貧困を撲滅するのも国家の大きな役割だと思い ます。
 東京電力によってもたらされた環境汚染や甚大な人的被害への救済もそのひとつでしょう。オリンピックなど、ほんとうはどうでもいいのではないでしょう か。むしろ、大切な事柄から国民の目をそらすための「疑似餌」とみれば、オリンピック開催には、マスコミが言わない国民にとって有害な部分が多くありま す。国民の健康が蝕まれているというのに、何のスポーツ祭典でしょう。
 優先すべきたいせつなのテーマは、食品汚染による内部被曝の回避であり、諸外国が日本からの輸入を制限しているところを真実に受け入れて、日本国民を汚 染食品から守るのも国の役割ではないかと思います。わたしは、ホームエジュケーションの立場なので、とりわけ母親が幼年期・少年期の子どもとともに生活す ることを勧める立場ですが、あえて共働きをしなければならない家庭のために保育施設や保育士の養成などを含めて、「待機児童解消」も国の大切な働きという のも理解できます。思想として学校制度にはもともと共産主義の臭気があり、学校そのものをはじめから信用していないのですが、制度そのものが国家によって 保障されるべきであるというのは当然で、ただし、英国のように親の教育についてオルタナティブな考え方が養われていないために、学校教育を確かなものとす る裏返しとして、家庭教育への規制が生まれないように警戒しているもののひとりです。