Tokyo 1月28日(日) 
         
 植民学。正確には植民政策学と呼ぶ学問の分野がかつて日本にも存在し、日本の 諸外国への植民政策を実行するうえのブレーンを養成されていたのですが、拠点になったのは札幌農学校でした。クラークの「少年よ大志を抱け」で有名である とはいえ、一方で明治期から敗戦までの日本の歴史のなかで、植民政策の中身についてはあくまで八紘一宇を旗印とした皇国の建設を目的とした占領政策そのも のだったのでした。たとえば朝鮮半島においては、たくさんの抗日地下組織が生み出され、今日の北朝鮮が生み出される母体となっていったのは史実です。とこ ろが、札幌農学校がクラークのもとで育てられたキリスト教とは別に、新渡戸稲造を通じて「植民学」を東京大学に移植していったということはあまり知られて いません。
 わたしが神学生であったころ、現在の日本長老教会に所属変更したあたりから、ひとりの長老から「キリスト者の戦争責任」という重いテーマを託され、それ 以来、「キリスト者の戦争責任」はわたしの生涯の学び課題のひとつとなりました。
 とりわけ東南アジアにたいしておこなった占領政策には、新渡戸稲造を主幹とした「植民政策学」が色濃く繁栄しているという意味で、朝鮮半島の人々にたい しての弾圧政策の一端にキリスト者が深く関与しているという事実をわすれてはならないと思います。いえ、朝鮮半島には日本の総督府とのつながりからたくさ んの“恩恵”を得た人々もいたり、「すべてを益に変える」という聖句をもとに、日本の占領政策を結果オーライとして受け入れる信仰厚い人々もおられるとは いえ、領土拡大と、宮城遙拝強制、朝鮮語の禁止等、弾圧政策が朝鮮民族に与えた苦痛は、すべての日本人キリスト者が熱心に悔い改めなければならない歴史事 象に属すると考えます。
 人権という分野で女性が学ぶための道を切り開くとか、米国と日本の架け橋とされるとか、“武士道”という名著で知られる新渡戸稲造が、“頭蓋骨収集”に 関心を示していたのではないかとされ、新渡戸の関与を否定する論文さえ出されているのだそうですが、いわゆる植民政策学が、進化論を母胎として生み出され た優生思想に影響を受けている・・・つまり、人種の間には、優劣が存在し、列島民族は抹殺されなければならず、優秀な民族が生き延びるように定められてい るのだという思想のもとで、当時、人種間の比較研究がさかんにおこなわれ、とりわけ頭骸骨を解剖学的に比較研究することがおこなわれていたといわれます。 新渡戸さんが朝鮮半島における頭蓋骨の収集をおこなっていたかいなかったかというより、聖書的キリスト教という観点からいみるときわめて歪であり、それど ころかグロテスクであることこの上ない優生思想をも肯定していたに違いないというのはほぼ確信できると思われます。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/植民政策学