Tokyo 1月1日(月) 
         
  進化論などの“嘘”に立脚すると、“空想”の上に科学的知識を構築するようなものであり、子どもたちが事物の断片だけを上面に学ぶだけで、リアリティそのものを学べなくなる怖れがあります。
  ・・・少し前にこのように書きました。進化論が“真理”であると教えられることが人の人生を狂わせる要素の一つでもあります。学校が人に優越感と劣等感を植え付けて、潜在意識のなかにできあがる「勝ち組・負け組」意識。学校が近代社会のなかに差別を植え付ける装置として確立されてしまっているため、たとえ嘘だとしても思想的基盤として進化論を真理であるとみなす立場に立たざるを得ないのでしょう。
 人の祖先はアメーバーなどの原始的生命体である・・・。生命体は、生き延びるため、食べるための自助努力を身につけて(獲得形質)、遺伝的累積により、数億年などの長時間のなかでいまの姿に変貌を遂げた・・・。人や生物はこれからもっと“進化”を遂げていくに違いない。
 そんなのは嘘、全部“ホラ”です。
 進化論にたつと、リアリティを理解するための基礎を失います。人生が、勝つか負けるかだけに支配されるという錯覚に陥り、劣等感にとらわれた人が抜け出すことができないまま、進化論はどれだけ“自殺率増加”を幇助してきたことでしょう。NHKのラジオ相談などを聴くと、聴いている子どもたちに植え付けられるであろうマイナス効果がどれほどのものか危惧されます。キリスト者でない人がいきなり創造論を受け入れるなどは難しいとしても、学校では「いったい自分が何のために生まれてきたか」問うことすらさせないようにしているようです。
 進化論は、生物を「種類ごとに」鳥瞰図的に上から下に並べて、一番上に人、一番下に微生物を並べて、時間軸にあてはめただけの空想に過ぎません。そして、科学の名のもとに、創造のアリティをあくまで認めたくないだけのために、「数百億年など、非常に長い時間」を、“神格化”してできているフェイクです。
 生物の発祥は、進化論の立場とてまだ明確なことがわかっていないとされます。獲得した形質・・たとえば競争や運動などによって鍛えられた筋肉が「種の変化」に影響を及ぼすことはありません。チンパンジーが進化して人のような言語や技術を身につけるというのは“ファンタジー”であり、現実には存在しないのです。技術の進歩に依存することで、人の能力はむしろ退化しているのではないでしょうか。信徒むけに書かれたカルビンの綱要は、現代人にはやや難解と思われるかもしれません。文章能力ということからいえば、スマホの登場により、むしろ、近年極端に劣化しているというのがわたしの感想です。
 「生物の起源」「“種”の起源」「言語多様性の起源」「環境安定性の起源」など、進化論だけでは絶対に解決できないはずなのですが、真理として扱われ、子どもたちに教えられていることを憂います。