Tokyo 12月27日(水) 
         
イリイチがカルビニストの社会学者として知られるジャック・エリュールなどに共感を示したものの、プロテスタント改革主義陣営について評論をせず、一線を画しているかのようにみえるのはなぜなのか。バチカンとの激論の末、彼が立っていた視点は、カトリック陣営に留まったヤンセンやヤンセン主義者らの立ち位置であり、恩恵論を廻っての立場は著書だけからは読み取れませんが、けれどもイリイチがもし徹底的に聖書に立脚したスタンスに立っていたとしたら、イリイチの学校や病院への鋭い批判能力からすると、プロテスタントがもつ“学校信仰”や“病院信仰”は、ほとんど聖書的キリスト信仰とは異質とみえていたに違いありません。
 いまや想像にしか過ぎませんが、カルビニストたちへの親和性があったとしても、仮にイリイチのように学問的に真摯で厳密な立場に立てばたつほど、プロテスタント神学のスコラ主義、つまりカールバルトなどにも影響を与えた理性主義が“異臭”を放っていたに違いないと思われます。
 プロテスタント神学は、反カトリックというより、聖書的な立場をとろうとしていたとしても、いえ、そしてプロテスタントのスコラ化というテーマはすでにオランダのドイウエルトの著作にもみられるとはいえ、イリイチのような批判力をもった人であれば、ドイウエルトなどの作品はたいへんな労作であるには違いないとしても、聖書にたいしてあまりにも饒舌過ぎてはいないかとみられてもやむおえないのでした。
 カトリックが世俗の権力と一体化し、かなり古来からマフィア勢力とみられる人々の“精神的正当化”に寄与してきたという視点は、映画「ゴッド・ファーザーV」にもリアルに描かれているのであり、キリストに仕えるのではなく、「わたしを拝みなさい、そうしたら世の栄華すべてをあなたにあげる」といわれるまま悪魔礼拝に走ったそのものの姿であり、世俗の欲得のために仕えているのではないかと思われても否定できなかったと思われます。カトリックのサイドからすると、それさえ福音のもつ多様性のひとつであり、プロテスタントの狭さがもたらす分岐・分派こそが、最も重要な教義の一つであるカソリシティを破壊するものであるとみえるに違いありません。それどころかキリストが聖書で示された“おこない”の領域で、カトリック信徒が示した質の高さからいえば、どれほどのプロテスタントであったとしても、その足元にさえ及ばないといいはるでしょう。
 イリイチは生涯の最期をインドでむかえました。カトリックから仏教に転身したというのではなく、仏教徒であったガンジーの思想と行動に、地上を生きておられたキリストのそれをみたのではないかとわたしは考えます。 
 イリイチが生きていたら、おそらく“ガンジーのなかにみるキリスト”とか“プロテスタントにみるスコラ主義”とか“キリストではなく、学校や病院を信仰している”という書物が書かれていたに違いありません。
 ちなみに、わたしはイチイリの意見を学ぶ学徒の一人ですが、影響を受けてきたのはオランダ改革主義神学、とりわけベルコフ、カイパー、バンティルであり、いえ、それとてすでにスプロールやフレームの影響を受けて、「バンティル主義」を卒業しています。
 最高裁判事であり、憲法学についてのわたしの「机上の教師」であった団藤重光氏は、晩年カトリックに回心。一方、クロネコヤマトの創立者であった小倉昌男氏は、救世軍メソジスト信仰からカトリックに転身。いやはやカトリックもなかなかやるなぁという感じ。
 地上に赤子として生まれたキリストの地上での生涯は、非常に魅力的であり倣うべきです。けれども、わたしが信じ礼拝しているのはかつて地上におられたとしても、いまは天におられ、主権をもってすべてを支配しておられるキリストです。天を仰ぎつつ、地上のキリストとキリストに従った人々の足跡に学ぶ、それだけでも、一生で足りない。