Tokyo 12月16日(土) 
          
 スマートフォンを持っている人が増加しています。いえ、ほとんどの人がスマホを携帯し、何かといえばスマホに語り、スマホから情報を得、こちらからすると「スマホに雇われているのではないか」と錯覚するようにさえ思われます。けれども、情報端末としてのスマホという意味では、本当に緊急性がある情報はごくわずかであり、ほとんどがディスクPCの守備範囲といえます。スマホを手放すと不安になるとか、一種の心理的なトラウマのような世代が多いのではないかと疑います。いわゆる“ガラパゴス携帯”を愛用しているものとしても、いまや携帯は通信手段として、ビジネスに欠かせないものとなりました。道を歩きながらスマホ、信号を待ちながらスマホ、自転車に乗りながらスマホそういう場面を見慣れてしまうと、たとえば、街を歩くと風を感じるとか、道路に植栽されている植物のことが心に留まるとか、雲の流れとか、人の動きなどに関心が向かなくなるのでしょう。危険防止という意味からもたしかにそうですが、都会のなかで街 や人を感じ取ったり、さらには田舎の町でさまざまな歴史や風土にふれるなどという豊かさを味わわないようになるのは残念だと思うのですが、如何? 
 ほんとうに必要な情報はわずかです。必要な場合とは、たとえば仕事で行き先と集合時間だけを指示されて、場所のおおまかな地図、現場までの車での行き方、どれだけ時間がかかるか。どれくらいガソリンが必要か、高速料金。電車で行った場合の料金と時間。このような情報が10分もしないうちに全部手に入るという時代はすごいことです。航空券やホテルの予約もすべてネットで完了するために、3日〜一週間くらいの旅行であれば、かつては準備のために数周間を要したものが、いまや1時間ほどもあればすべてのスケジュールを組むことが可能です。PCとスマホを使い分けるというのもひとつの方法で、スマホだけですべてが完了します。過去にホームエジュケーションのネット会議もおこないましたが、自宅で同時間にグローバルな会議をおこない、台湾、アメリカ、韓国、それにフィリピン、わたしは日本から参加しましたが、同時に会話のやりとりばかりでなく、たとばホワイトボードを利用して書き込みを共有するという会議室そのものが実現してしまうのでした。(スカイプ、グーグルハングアウト、いずれも利用は無料!)
 わたしはスマホ反対派ではありません。、ただ、できるだけスマホに支配されたくないだけです。これから人工知能の性能が格段に増して、縁になっていけばいくほど、“人が機械に支配されてはならない”と主張し続けていかなければならないと考えます。