Tokyo 11月14日(火) 
     
 評論家の佐高信さんのコメントが非常におもしろい。
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2017/11/11/sataka-13/

 お金がどう動くのかなど企業や金持ちの価値観を中心に動くのが「保守」だとしたら、国民の立場や利益を優先しようとするのが「リベラル」と呼ばれ、おそらく佐高さんは“リベラル”ということになるのでしょう。旧約聖書・創世記にでてくるニムロデは“名をあげようとした”ですが、佐高さんは真反対をいっているところに心が留まります。その切れ味の良い言論の爽快さは、正義に基づいた首尾一貫性を尊んでおられるからなのでしょう。誰かの支配を受けないし、誰も支配しようと思わない・・・きっとかつての「野武士」のようなところがあるのでしょうね。そういう意味で、わたしもリベラルに属するといわれるかもしれません。ただ、そのような分類そのものが、人の考える能力の限界を示しているのであり、経営の側にたってみてあらためて断定できることは、会社や企業のやることがなんでもかんでも国民に背を向けているなどという言い方は決して正しくないことです。(あ!佐高さんがそうおっしゃっているというのではありません。念のため。)
 佐高さんの言葉から、
  リベラルを壊滅せんとしたYMK(山口、前原、小池の頭文字アルファベット)
  選挙の焦点は「かきくけこ(加計学園、北朝鮮、九条、原発、小池と公明党)」
 日本の政治の現状にある問題点を、これほどみごとににまとめた表現はほかのみあたらないと思われます。俳句の心得がおありのようで、そのため日本語がとても洗練されているのでしょう。(安部さんも少しは俳句でも嗜まれていたら、ちゃんと日本語が使えるようになっていたでしょうにね。もう手遅れかもしれないですが・・・)

 ネット配信で、“陸王”といドラマにはまっています。ひとつの製品が製品化されまでの努力と、さまざまな困難と闘いながら、乗り越えていく社長の姿は感動ものです。ほんとうにくだらないコンテンツで満ちているテレビ番組のなかで、未曾有宇の原発事故を経たこれからの日本人がどのようにあるべきかさえ暗示しているようです。