Tokyo 10月16日(月) 
     
 枝野さんの 演説をyoutube で聞きました。暗黒の垂れ込める現行政権のもとで、黎明の光というべき演説でした。
 心のなかにある言葉がそのまま飾らずに語られているからでしょう。 「黙っていたらナメられる」、つまり選挙を他人事として棄権するなどするとそのつけは必ず自分と自分の家族に跳ね返ってくるということと。多数決の原理と して、黙っていると現政権に賛成しているとみなされます。
 日本の未来のために、黒雲の合間から希望の光が一筋みえているようです。日本を愛するのに右も左もない(一水会・鈴木さん)のです。
  何度でも言いますが 「日本民族を愛する」ことについていえば、安倍さんにみられるのは徹底的な日本民族への憎悪でしょう。米国のいいなりともいえま すが、結果としての行動であって徹底的に自分たち仲間の利益だけを優先して考えているからそうみえるのです。
 その一方で、枝野さんや共産党の人たちのなかに「政治的野 心」を読もうとするのは、むしろ難しいと思われます。安定した地位や潤沢なお金と引き換えという価値観を全くもたず、ひたすら国民主権の原理原則を守るた めであれば命が失われることさえいとわないとまではさすがの枝野さんも言いません。それはネルソン・マンデラやキングの立ち位置です。たとえ自分の立場が 不利になったとしても、権力の一部を手に入れられたとしたら、公明党のように権力の側についたとたんに豹変しないで、それまで語られてきた主義主張を一 貫させられたとしたら、言葉ではなく、そこで本物かどうかあきからになります。植草さんの場合は徹底的に卑しめられたあと、(たとえ名誉回復への熱望が あったとしても)、首尾一貫性を保っておられます。徹底的にすべてを失い、それでもなお残る信念があるならそれこそ本物です。小林よしのりさんも民族主義 の立場から立憲民主党の応援にこられてましたね。日本を愛する人々の多様性を感じました。小林さんに“失ったもの”が何かあるのかどうか不明であるとはい え。