Tokyo 8月15日(火) 
     
 「エリート」の支配

 「左翼と右翼」という言葉は、ソ連崩壊の後、すでに時代遅れとなっていると思われます。“共産党”といっても、そこに民族を愛する愛があり、どれほど日 本の名を冠していても、「日本会議」なるものに日本民族を愛する愛はありません。熱心になって天皇を尊敬しようと詠っていますが、ほんとうのところ、日本会議とは現行 憲法の精神を貴ぶと語られている今の天皇夫妻や皇太子夫妻を最も悲しませ、怒らせているグループに違いないと確信しています。
 近代がエリートによる支配への抵抗が主な課題となると、神学者のF・シェファーが言ったとき、それは「優生思想の復活」との闘いを意味していました。すなわち、ヒットラーは一つの民族の優位性を信じて、ユダヤを抹殺しようとしたのですが、エリートたちは“優秀な種”を保存するために遺伝子操作の技術をつかうとか、強い劣勢をもつ種族を抹殺するために、たとえば今日いわれているのはワクチン投与はもともと種の断絶のためにつくられた方策であり、「世界には根絶されなければならない種族がある」という思想によって生み出されているとみなされるのでした。
 世界の食糧問題を議論すると称して「ローマクラブ」が招集されましたが、世界人口の増加に食料生産が間に合わないのではないかという危機意識を全面に出しているとみせて、“世界の繁栄にとって必要ない種族の根絶”をプログラムしようとしているとかねてから指摘されています。(ローマクラブ会員の名に創価学会創設者とされる池田大作氏の名がありやはり不気味であるといわざるをえません。)
 福島原発事故以来、日本のエリート層が種の保存をかけて、日本の官僚制度の操作に食い込んでいるとされてきました。原発被曝についての情報操作は誰も否定できないレベルに到達するのは時間の問題で、まもなくマスコミも真実を報道せざるを得なくなります。
 大切な知識や情報によって、どのような不利益があり、どうすればいいのかを把握できる立場にあるのが官僚であり、スピーディによる被曝危険情報をすべての人に周知しなかったのは、だれが一番に利益に預かるのかすでに日本の政策システムは、官僚とその家族にたいして利益を誘導する仕組みができあがっていたという意味でもあります。東大信仰の成れの果て。残念なことに、そのような価値観を尊重してきた日本人全体が“ツケ”を払わなければならないのかもしれません。