Tokyo 8月8日(火) 
     
 かねてから 予想されていたとはいえ、HSLDAのマイク・ドゥニーさんの最近のレポートに「中国の教育省が“統一学校についての新教書”を打ち出した」という記事がありました。
 https://www.hslda.org/hs/international/China/201703280.asp
 中国共産党のもとで、一極集中した教育体制のもとで子どもたちに“社会主義”を植え付けたいというのがねらいで、北京を中心に、およそ2万人ともいわれるホームスクーラーにたいして、事実上の脅威であり、マイクは“ホームエジュケーションを公式に禁止するもの”とみています。
  “統一”という言葉。教育を国が決定し、それ以外の教育方法を認めないという立場。いいかえればオルタナティブ(選択が可能であること)を認めないというのは、カルト化した集団の一つの特色でもあります。現在の中国がカルト化しているというのではなく、国家統一のために教育の一元化を主張してきた歴史は、そのまま中国共産化の歴史でもありました。文化大革命とは、国家による思想統一を意味していたのですが、そこで打ち出されたは、“国家を批判する存在を許さない”というものです。つまり、国家を批判しないのであれば、公的に迫害されないという保障でもあり、“中国が思想統制していない”という内外への宣伝効果をもつのでした。
 ホームエジュケーションは、子どもたちの思考回路をいったん国家の統制から切り離します。もともと、親の意志に従わせるとか、ひとつのイデオロギーを植え付けるというものではありません。キリスト教についていえば、クリスチャン思想を植え付けるのは“イデオロギー”にはあたらず、とりわけプロテスタント信仰は、「真理は自由を与える」というキリストの言葉に従って、国家にたいしても、一元化ではなく、思想の多様化を求めさせるのでした。「キリスト教を国の宗教と定めて、それ以外の思想信条を禁止する」という手法を最も嫌ったのがカトリックをふくめたキリスト者です。キリスト者がキリストを信じるというとき、他人や所属団体から強いられているのではなく、全く自由に繋がっていることが前提です。
 どのような集団であれカルト化するとき一つの思想や信仰について自由に判断したり批判したりする思考回路を持たせなくなるのです。カルトには「自由もどき」「喜びもどき」はみられるとしても、ほんとうの自由や喜びは存在できなくなります。
 今回の教育省の教書が将来の教育政策にどのような影響を与えるのか不明。けれども、ホームエジュケーションを真正面から禁止しているわけではないにせよ今後“取り締まりの対象”に先駆けた処置とみることも可能です。
 日本の場合、本質として文科省は“ひとつの教育”への憧憬を孕んでいるとはいえ、それで過去の戦時体制下にあった八紘一宇教育への憬れを含んでいて、安部政権が“戦前・戦中に日本を引き戻したい”とやっきになってきたわけですが、米国から支配のスキームには変更が加えられないため、曖昧なまま放置し、さらに「家庭教育を支援する」という名目で「親学」の浸透を目指しています。安部さんが家庭教育というとき、ホームエジュケーションとどのように違うのかを明確にしておかなければなりません。11月のセミナーでは、このあたりの「親学」の周辺を詳しくお伝えできればと願っています。中国共産党が、ホームエジュケーションの統制に乗り出すとみるのは総計ですが、2万人という数がたとえば10万くらいになると、やはり取り締まり対象にせざるを得なくなると思われます。「共産主義」というのは政治思想のなかでもいわれますが、「子どもは親だけではなく、集団で育てられなければならない」という考え方も、共産主義思想の一種とみなせます。
 日本の場合、(韓国もそうですが)禁止に至るほど悲観的状況ではありません。
 ちなみに、台湾やフィリピンではホームエジュケーションが学校以外のもうひとつの教育方法として公認されています。