Tokyo 6月11日(日) 
     
 イスラム圏では、宗教上の教義の影響のもとに豚肉類を食べるのは禁止されています。
 あるとき日本製品が“素材として”豚肉由来の原料を使用していただけで、製品の輸出もとの日本が回収をする騒動にさえ発展しました。
 男女交際は原則として禁止。恋愛はもちろん禁止。結婚相手は両親が決める。当然、どの場面でも男女が同席するのも厳禁であり、女性は男性の前では自分の顔がわからないようにベールで覆わなければなりません。男女はたとえ結婚式においてさえ同席は許されません。
 アルコール類は製造すら全面的に御法度。どのような場面でも飲酒は罰則の対象とされます。
 ムスリムはアブラハムが産んだイシュマエルの子孫として、アブラハムを尊敬した非常にプライドの高い民族であり、戒律が多いために生活が縛られる反面、結果として質素で健康的生活が実現されているといえばいえなくもないですが、キリスト教が支配的な社会もしくはキリスト教に寛容な社会に馴染んだ側からみると、とても息苦しく感じられるかもしれません。
 聖書に基づくキリスト教に原則として飲食についての制限はありません。「神が清めたものを清くないなどといってはならない」(使徒10:15)のでした。仲間内での男女交際の禁止を公言する“福音主義”がみられるとしても、聖書的原則は婚前の性的な聖潔への気風はあるものの、恋愛そのものを禁止事項にするグループをプロテスタントの枠組みとみなして良いかはなはだ疑問です。恋愛禁止をコードとする群れであれば、むしろ意図せずしてイスラム風に変質したキリスト教カルトの疑いがあります。
 もともとは、男女交際や恋愛は結婚前の純潔を尊ぶことによる「改革された信仰」に基づくべき各自の信仰の良心に委ねられる事柄とみなされます。「結婚はすべての人に尊ばれるべきであり、夫婦の関係は汚してはなりません。」とされるからです。
 群れのなかに“恋愛禁止”“男女席を同じくせず”はさすがに行き過ぎでしょう。しかし、結婚前の男女がたとえ婚約中だとしても、結婚まで性交渉をしない婚外交渉は禁止という気風は尊ばれるべきです。夫婦以外の男女が性交渉に走るいわゆる不倫にたいしては絶対に不寛容であるべきと考えます。イスラムでは死罪。聖書的見地からは不倫は許されざる罪であり、不倫を犯した男女の回復を祈りつつも、行為にたいしては聖餐停止などの戒規による厳格な訓練対象とされるべきです。