Tokyo 3 月9日(木) 
    
 暗殺によっ てしか支配できなくなっているとしたら、政権が末期に入っていると理解される べきです。 
 これから重要な関係者たちが、第一次安部内閣の頃のように次々と不審な死を遂げる“疑獄”が再現されるかもしれません。
 日本の政治の中枢にいる人々が普通の常識人で はなく、カルト信者であるということが隠蔽されることなく、次々とあきらかになってきただけでも過去に比べて改善されているとはいえるのですが。
 The sum of alll fears という映画。(邦題は“トータルフィアーズ”)原題「すべての恐れの総合」という意味。シナリオがよく寝られた秀作ですが、現代の日本がカルトに汚染され た集団に牛耳られているところ、さらに「ナチスに学べ」と公言しているところは欧米におけるネオナチと同質の危険性を孕んでいるとみられるのであり、虚構 であるはずのただの映画が現実味を帯びて現代の日本を覆っているとみられます。
 映画は、小型核爆弾を搭載したイスラエル機が中東に墜落したところから始まります。ネオナチがオークションで核爆弾を手に入れ、ソ連による攻撃という偽 装工作をして、ソ連が米国を襲撃したと見せかけます。諜報部員らの勇敢な活躍によってからくも第三次世界大戦に拡大するのを未然に防いだというストー リー。映画では、ネオナチらによる一攫千金のくろみは外れます。
  しかし、まさに映画さながらの危機が日本の現実を覆い始めています。
  防衛省大臣の稲田さんは“教育勅語”に心酔しておられるとのことで、それが現行憲法に抗う考え方であるのは当然ですが、血で血を洗うような戦争勃発を 待望しているのは、カルト思想によります。「戦争は魂の浄化に必要な宗教行事」とまで放言しているからです。ところが、日本の公式見解とされないという保 障はいまやどこにもないというのが現状です。
 それこそが安部さんの懐中の本義であり、世界の首脳たちが「安部首相は現代世界においてもっとも危険な人物」としている所以でもあります。
 公明党の人たちの立場からすると、現行政権と結びつくことでこぼれる数々の“ご利益”を失いたくないということ、いえ、それを失うことへの“恐れ”が先行していて、たぶん板挟みにあるのでしょう。
 もともと創価学会がもっている平和主義と矛盾しているのを承知していながら、“大きな大儀を達成するための道程”とみて凌いでいるということなのでしょう。繰り返し述べますが、カルト思想(宗教)においては、恐怖であれ圧政であれ、目的が正しければ正当化されるのです。
 魂の浄化(進化)のためには戦争は必要と宣う稲田さんの思想が、どれだけ日本人の幸福と平和を破壊するか考えることさえ忌むべきですが、現職の防衛大臣 であり、首相と同一の「日本会議」なる集団に属するということ。そしてもっと大切なのは東京都知事の小池さんが、どれほど革新主義の模倣をしていようと も、おなじ日本会議のメンバーであるということであり、よりよき未来を実現するために戦争が必要という考え方と軌を一にしているということです。