Tokyo 6月7日(木)
 なぜ「チアにっぽん」と袂を分かつに至ったのか

■1986年から2005年まで■
    以下のテーマは、関心のあるかたにとっては、非常に重要なテーマです。
  我が家がホームスクーリングを考え始めた頃が1986年あたり、そして、ホームスクーリングを決心したのは、長女が小学校に入学する前年。親戚一同も、そして教会の同志たちも、長女の小学校入学を話題にしていた頃でした。ただし、1990年代においては、1992年に文部省(当時)が“すべての子どもが不登校になりうる”と公認するまでは、登校拒否や怠学と呼ばれていたものの、公式には不登校という呼び方すら存在していませんでした。まして、日本にホームスクーリングなどおこなう方はおられませんでした。子どもが「登校拒否」となり、親ではなく、子どもが学校を拒否するところから、子どもの在宅学習を親がバックアップするために、親が米国情報をリサーチ。つまり、米国では、1990年代前半に、すでにクロンララスクールが、ホームスクーリングを含めた在宅の子どもたちを、米国国内ばかりでなく海外の子どもたちの学習を支援するサポートを展開していたのでした。ただし、クロンランラスクールに所属したことをもって、「ホームスクーリングをはじめた」とは認識されていませんでした。それはホームスクーリングが日本では公認されていないと考えられていたからでした。
  長女が小学校に入る直前まで、わたしがホームスクーリングを躊躇したわけも、そのあたり、つまり、日本にはホームスクーリングのために、法的なバックアップがまだ存在しないと考えたことに端を発しています。
  そのような事情から、HSLDAのクリス・クリッカ弁護士による「The right choice! homeschoooling」(選んで正解!ホームスクーリング 未邦訳)は、米国でホームスクーラーの弁護を続けてきた全身全霊をかけた著者による文章に接したことで、それまでの迷いの霧が晴れたと思いました。日本でサポートする法律がないからホームスクーリングができないというロジックではなく、まず、十戒を筆頭に、まず創造主がたてたご計画が先行されるべきであり、法律が法として成立するのも、世界は同じ創造主のつくった秩序のもとにあるではないか、そうだとしたら、法的根拠は未整備なだけだとみたのでした。
  すでに、キリスト者ではない家族によるホームスクーリングサポートが関西を中心に、クロンランラスクールに所属をすすめることや、不登校ネットワークと連携するなど、活発な活動をはじめていて、法的な理論を構築しはじめていたので、わたしが“チアマガジン”に日本でホームスクーリングをおこなう法的意味を説明した文書を寄せさせていただいた内容の骨子は、既存のネットワークの情報をもとに、長女がホームスクーリングを始めた直後に、教育委員会対策用に準備した際につくったものです。
 さて、2000年、チアにっぽんが立ち上げられ、お茶の水会館の集会室は、かなりの人で埋め尽くされました。その少しまえ、稲葉代表から国際電話を受け、日本でホームスクーリングをサポートすると伺ったときは、孤立無援と思った闘いを10年ほど続けていた我が家にとって、まさに黎明の光だったのでした。もちろん、キリスト者の立場に限定しないホームスクーリングサポートは、先ほど掲げた草の根運動として関西方面で活発だったほかに、“同人誌”として全国に10家族ほどがネットワークをつくり、主に海外の情報を集めるなど、発信していました。(“ホーム・グロウン・キッズ”)チアにっぽんのマガジンに寄せさせていただいた文章の骨子は、このときにまとめたものです。
 チアにっぽんの立ち上げをうれしく思ったのは、それが“クリスチャンホームスクーリング”と明示されていたことでした。米国のホームスクーリングネットワークは、90%以上が聖書信仰に基づく保守的なキリスト者で占められていると知らされていたからであり、「いよいよ日本でも、クリスチャンホームスクーリングの時代の幕開けが来た」と喜びました。
  そして、2005年にチアにっぽんと袂を分かつまで、わたしは全面的に“チアにっぽんを支える”ためのサポートをおこないました。

  結論から申し上げると、2000年から2005年まで、チアにっぽんを支える側に立った5年間を、わたしは心から悔やみます。
 そのために、たくさんの人たちが、ホームスクーリングを切り口として、カルトによるマインドコントロールに引き寄せられ、ホームスクーリングの究極的な目標が、あたかも“看板伝道”にあると思いこまされ、ホームスクーリング出身の子どもたちが、次々と丸森「聖書配布協力会」の黄色と黒の看板伝道の新兵としてかり出されていくていくための手助けをしてしまうという「惨事」をみるに至りました。
  
 チアにっぽんは、グレープシティ株式会社の人材発掘のために“貢献”し、たくさんの人が、ちょうど、オウム真理教の信者が、それまでのすべての人生を捨てて、聖なる地に次々と挺身していったように、それこそすべてを捨てて、家族こぞって仙台に転地した方も少なくなかったのです。

 チアにっぽんの実態に気づくまで、知らされなかったことだからといって、無自覚の罪を許されるとは思いません。いえ、許していただけるよう祈るしかありません。たくさんの人にチアを信用させてしまった、そのような偽装に荷担し、多くの純真なキリスト者たちがマインドコントロールの中に投げ込まされてしまった責任の一旦は、わたしにあります。日本でのホームスクーリング進展を願っていたわたしも、チアの被害者だとはもうしません。いえ、わたしも加害者の一味です。繰り返しですが、たとえ実態を知らなかったからといって、罪が許されるというわけではありません。
  
■「チアにっぽん」と「グレープティ=聖書配布協力会=明泉学園」との密接な関係。■
 最初は、稲葉代表個人の任意団体としてはじめられ、周囲の賛同者とともに活動を開始し、当時のポール・ブローマン会社・会長が、“たまたまお茶の水付近を通り、看板をみたので、立ち寄った。感激したので、経済的サポートを申し出た”と説明されていました。実態は、二者の密接な関係を、あたかも別組織だと偽装していたに過ぎなかったのです。
 そもそも、稲葉代表がそれまでの仕事を離れてハリウッド映画に参入したとき、つまりチアにっぽんが立ち上げられる前に、グレープシティーの子会社であり、ブローマンさんの長男が社長となっていた「グレープ・カラー・コーポレーション」によって、ハリウッド映画への参入が企画されていたのであり、稲葉代表は、副社長に就任していました。丸森グループは、それまで、「キャンパス・クセード・フォークライスト=CCC」の制作した福音映画を自分たちの宣伝の場で使用していたところ、CCCより映画の使用を差し止められたという経緯があったのでした。なぜ、CCCが映画の使用を止めさせたか。その理由は、いうまでもなく、丸森グループが、既存教会そのものをいっさい認めていなかったからでした。
  そももそ、丸森グループは、はじめから公同教会を受け入れません。彼らからするとカトリックは言うまでもありませんが、既存のプロテスタント教会は、おしなべて福音の妨げなのであり、聖霊の活動による実ではないため、彼らからすると“有害”なのです。それゆえに、既存教会と協力関係を結ぶなど、もともとありえないはなしなのでした。
 とにかく、CCCで映画使用を差し止められた後、稲葉氏は、丸森チームが自由につかえる映画づくりを提案し、グレープ・カラー・コーポレーションの仕事として、いよいよハリウッド映画に参入します。そして、ハリウッドでの活動の行きがかりのなかで、ネットワークとしてかなり活発になっていたカリフォルニアのホームスクーラーとの接点をもちます。奥さんの意向もあり、在米の奥さんと子どもたちが、ホームスクーリングに移行していた頃でした。グレープシティは会社として、ハリウッド事業に出資し、稲葉代表は、日本でのビジネス展開の有力なフィールドとして、「チャーチ&ホームスクーリング」を提案。実際には、2000年に至る前までに、ここまでできあがっていたのでした。
  チアにっぽんは、丸森グループと表裏一体だったのですが、別組織であるかのように巧妙に偽装していました。
  事務所などインフラ整備は、すべてグレープシティ株式会社から出資され、当然、経理関係は、すべてグレープシティのもとで“合法的に”おこなわれていました。出版されている本のすべてについて、稲葉代表は提案する立場であるものの、どの本を出版するかを決定してきたのはすべてポールブローマン氏の独断によっていました。チアの独立した会計は存在しないダミーであり、経営主体はすべてグレープシティー(旧・文化オリエント)理事会が掌握していました。
  チアにっぽんがホームスクーリングネットワークとして不適格であると考える理由は、最初から、日本でのホームスクーリングの進展を、ネットワーク育成のためではなく、ビジネスとして位置づけ、ビジネスセンスにあわないものを限りなく排除していたことにあります。たしかに、どんなネットワークでも、採算にあわないことはしないというセンスは大切かもしれないですが、はじめから、ビジネスマインドでおしすすめられていたのに、それが露骨にあらわれないように、巧妙にホームスクーリングサポートを粉飾していたことが問題です。
  BJUの教科書出版を手がけましたが、あるとき、日本で伝道牧会にあたる出身者から、米国のBJU大学出版会に直接問い合わせがあり、チアにっぽんの背景にある「聖書配布協力会」がカルトの疑いがあるとの報告がなされました。実態調査のために、BJU学長のボブ・ジョーンズ3世が来日。この顛末について、チア側から正確に説明されていたとは誰も思わなかったでしょう。いえ、チアの正当性だけがクローズアップされていたと思います。BJU出版は、チアの出版会社である“ホームスクーリングビジョン”への版権継続を止めました。(※このあたりの詳細な経過について不明なところが多かったのですが、2015年3月、かつて青年時代に丸森を夜逃げし米国に在住しておられた方がBJU大学長に出向き、丸森での体験や組織の異常さについて、直接伝えたことが版権が差し止められる直接のインパクトになったと知らされました。この他にも、BJU出身で日本で牧師をされているOBからの通報があったのですが、これはすでにチアニュースレターでも明らかにされています。)
  わたしが、2000年にチアとかかわりをもった直後から、背後にある聖書配布協力会を問題視する声が周囲からなかったわけではありません。そのころのわたしは100%チアの側にいたのであり、「ブローマンさんへの批判は、すべて根拠のない噂や、ねつ造された悪意のあるゴシップに過ぎない」と言われるままを信じていました。数度、仙台の“聖地”にも足を運びました。あるときは参加者の一人、あるときは事務所のスタッフの一人として。
 わたしが確認したかったのは、丸森でブローマン家の養子として育てられた人たちの実態はどうなのかということにもありました。

■出生直後にブローマン家で養子として育てられた人について■
  ブローマン家で育てられた非常に多くの養子たち。彼らには、生まれながらに自分の意志で職業を選択する自由はありません。それどころか、お金や時間を自分で管理することすら、全く訓練さえされていなかったのでした。英語や中国語会話をある程度使えるようになっているとか、ある程度、パソコン関係の知識に秀でている人がいるとしても、およそ「自由」という概念がみられませんでした。自由に物事を考えたり、読んだり、発言したり、自分の稼ぎを貯金し、自発的に生活を設計したりする自由、人との交際の自由、もちろん男女交際の自由、好きな人と交際したり結婚したりする自由がないのは当然で、いわば奴隷といっても過言でなかったのでした。米国大使館がこれを重大な人権への侵害とみたのは当然のなりゆきだったのです。
 大使館からの手入れがあると事前に察知したグループは、急遽、個人名義の預金通帳を作成し、個人に給料が振り込まれているようにみせかけました。しかし、実態は、“献金”の名のもとに私有財産は認められず、すべてが共同体むけにプールされていたのです。しかも、ブローマンさんの個人名義の資産として、スイス銀行に3億円以上あったにもかかわらず・・・。
  わたしがキリスト者として最も驚いたのは、スタッフのだれもが、自分の自由な言葉で祈ることを訓練されていなかったことでした。たとえ祈りのかたちはあっても、それは神に対してではなく、人に聴かせるため、強いて言えば、ブローマンさんを喜ばせるためのセリフにしか過ぎなかったのです。
  そのような人たちを、「ホームスクーリングのさきがけ」と呼んでいた稲葉さんの言葉を訝しく思います。奴隷として全く人権を剥奪されたような人が幸福であろうはずがありません。東京都心の駅周辺で時折みられる「丸森の看板伝道」のあの“暗さ”の背後には、そのような“人としての自由が奪われる”という悲しい謂われがあるのです。どうか騙されないでください。真理は自由を生み出しますが、奴隷は真理によっては生み出されないのです。
 そのどこがホームスクーリングなのでしょう。わたしはそれでも、丸森から脱走した人たちが100名いるという話の信憑性を疑っていました。しかし、2004年の夏、かつて丸森で養子として育てられ、はげしい体罰とともに、自由を奪われた時期があり、脱走し、今は夫婦となったという方におめにかかり、その心は、受けた体罰と暴力的折檻により、心身ともに、非常に傷ついていたのでした。“ネットでのうわさは、すべて事実無根”といいきっておられた稲葉さんの言葉に疑問を持つにいたりました。

  わたしは、学生時代、東京キリスト教学園の海外宣教祈祷会のメンバーでした。当時、JEMAディレクトリーという世界地図があり、地図を参考に、宣教師名や派遣先、そして宣教師のニーズのために祈り、場合によってお招きするなどの啓蒙活動に携わっていました。チアにっぽんで「宣教師を数百人派遣してきた」と銘打たれたテロップを目にし、大いに心を引かれたものでした。
 ところが、チアにっぽんで語られる「宣教師」とは、丸森グループのいう意味での“宣教師”なのであり、既存の教会から派遣される宣教師は、“宣教師”とは一切認めていないという、それもまた驚愕の事実でした。
  両者が密接不可分という意味は、両者が経済的にも互いにも一身同体だという意味です。チアの活動で生まれる収益、それが、教科書であれ、献金であれ、すべて丸森の収入としてカウントされてきました。わたしは、キリスト者の献身のあかしとしてである「献金」が、丸森グレープシティーの収入源の一部となり、彼らの活動に資するための映画づくりの一部に流されていることに心を痛めました。米国からの講師陣すら、彼らの米国でのすばらしい実績や活躍にたいして、とても失礼なことになったと思いますが・・・チアにっぽんからするとただの「人寄せパンダ」であり、人を引き寄せ、掌に入れるための派手な疑似餌にすぎません。

 それゆえに「うまく騙された」とか、誘いに乗ったせいだとか、わたしには勝手ないいわけなどできないと思います。
 すでに語りましたように、巧妙に粉飾され、福音主義を装ったカルトであったというその実態に気づかなかったゆえに、免罪されるなどとは思いません。多くの純粋な動機をもったホームスクーラーが、教会から非難され続けている丸森側に引き込まれたこと、そして、ホームスクーリングの名のゆえに、カルト信仰の餌食とされてきたことについて、心から悔やんでいます。
 主にある兄弟姉妹たちが、カルトの呪縛から解放されたとしても、恐怖心を植え付けられ、自己を保身する以外に手だてがなくなり、ホームスクーリングそのものから撤退するかもしれないとしても、キリスト信仰にすら傷を受けるであろうことを思い心痛みます。
  ちなみに、HSLDAのクリス・クリッカ弁護士による「The right choice! homeschoooling」。
 版権はすでにチアによってかなり前に買収され、心痛むことですが、今後、日本で出版されるみこみはなくなりました。クリスの本ばかりでなく、かなりの主要な本の版権がチアによって押さえられているため、日本での出版が困難になっています。
 今後、なんらかのかたちで版権問題が解決するようなことがあれば、ぜひ、今度は、私の手によってか、他の有志によって翻訳され、多くの日本人の多くのホームスクーラーにとっても有用な資料となればと思います。ただし、一度カルトに汚染されたホームスクーリングネットワークが、簡単に健全性を保つようになるなどとは楽観視していません。今後の日本でのホームスクーリングの展開については、丸森グループにより、すでに教会との間に深い溝が刻まれているため、きわめて厳しい展開になると予想しています。